ハルを愛する人
病院の外に出れば、満月が明るく夜空を照らしている。
4月になり、底冷えする寒さが無くなったとはいえ、夜の外気はま
だちと肌寒い。
ここ信州を訪れる春の歩みは、とてもゆっくりしたものなのだ。
それでも、季節は確実に移り変わっていく。
街灯に照らされた桜の枝先には、僅かに膨らんだ蕾が見えた。
あと数週間もすれば、見事な桜吹雪を舞わせてくれることだろう。
「ふう」
と、一息ついてから私は家路へとつく。
途中数時間、病院を抜け出したとはいえ、外来、病棟回診、内視鏡
検査と、今日も激務であった。・・・・・・それでも。
何やら心が温かいもので満たされ、自然と笑みがこぼれてしまうの
は、きっと・・・・・・
きっと私が、“ハルを愛する人”だからだ。
例えどんなに多忙な日々にこの身を置こうと、絶対にこの想いを失
くしてはなるまい。
夜空に浮かぶ月に見守られながら、私は足を急がせる。
“帰りたい”と思える場所に、帰れる幸せをかみしめながら………
<完>