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とあるメイコとマスターの話

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蝉時雨




 みんみん
 みんみん

 蝉の声が響く。
 都会ですら元気に鳴いている蝉は、自然溢れるこの場所ではそりゃあもう元気に五月蝿いわけで。
 日中に聞いてしまえば暑苦しいことこの上ないけれど夕方というには藍色が大部分を占めているようなこの時間ならばあまり気にはならない。
 そんな時間にメイコが何をしているかというと、言ってしまえばただの散歩である。
 とは言っても、心配性のマスターが一人でメイコを出してくれるはずもなく。

「どうかしましたか?」

 メイコが振り返ればそこにはとうぜんの如くマスターの姿。

「ん、ここまで涼しくなれば蝉の声も鬱陶しくないと思って」

 うだるような暑ささえなければ足取りも自然と軽くなるというもの。

「そんなに邪険に扱うものではないですよ」

「別に邪険にしてるわけじゃないけどさぁ…」

 諭すような口調にメイコは少し唇を尖らせる。
 ボーカロイドとしては最年長にあたるものの、マスターにかかれば子ども扱い。
 それが、ちょっとだけ悔しい。  

「玉響の 命輝く 蝉時雨」

「へ?」

「あぁ、すみません。自作です」

 いきなり聞こえてきた言葉はメイコにとっては耳慣れなく、自作と言われてもピンと来なかった。

「あぁ、今のは俳句です。なんとなく口をついてしまいました」

「俳句くらいは知ってるわよ。…知ってるだけだけど」

 マスターの言葉が俳句とわかっても、紡がれた言葉は意味不明な言葉だ。
 日本語は難しい、と心底思う。

「ようするに、蝉は短い命を一生懸命輝かせているんですよってことです」

「そうなの?」

 マスターがそういうならそうなんだろうけど、とメイコは自分を無理矢理納得させて。

「えぇ。だから、私達も蝉に負けないくらい一生懸命頑張りましょうか」

「…それって、さ」

 チラリとマスターを見る。
 それは、メイコ自身も蝉のように短い生だということだろうか、と。
 浮かんでしまった疑問を口にしようとして、思い留まる。
 もし。
 もしも、だけれども、マスターが肯定してしまえばきっと立ち直れないと思ったから。
 言いかけた言葉の先を促されることも怖くて、顔を背ける。

「メイコさん」

 柔らかな声音と共に抱き締められる。
 不思議と暑苦しいとは思えなかった。

「流行り廃りはあるでしょうが…
 あなただけは、私の命ある限り歌っていただきますよ?」

 なんて、マスターが耳元で囁くから。
 メイコは顔を赤らめて精一杯の意地を張るしかできない。

「それ、ウソだったら許さないから」

「えぇ、覚悟しておきますよ」



 空の紅が全て藍に飲み込まれた頃。
 蝉だけが二人を見守っていた。