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とあるメイコとマスターの話

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縁涼み



 昼間、あまりにも暑くて体調を崩しかけていた私を見かねて、マスターが特等席を紹介してくれた。
 呉服屋、なのだというマスターの実家。
 だからなのか沢山ある和服。その中から渋い紅色をした浴衣を渡されて。
 古風な日本家屋。その、縁側。

「縁側で待っていてください」

 そう言われて待っているのだけれど。
 ちょっといいのかしら、とも思う。
 一応私歌っている最中だったのに…。

「お待たせしました」

 ぼんやりとそんなことを考えながら、眩しい緑に目を細めていれば、穏やかな声が聞こえた。
 振り向けば、木の桶を持っているマスター。
 勿論浴衣着用。渋い紺色で。
 流石と言うかなんと言うか…。
 つまりは似合っていて。

「今冷水を持ってきますので…
 ん? どうかしましたか?」

「別に…」

 似合ってる、って言えばいいだけなのに。
 指摘されれば目を逸らしてしまう自分。
 いつものこととはいえ、やはりちょっとこんな自分が嫌になる。

「そうですか。では、申し訳ないんですけどもう少しだけ待っていてくださいね」

「はぁーい」

 時刻はそろそろ空が紅に染まる頃。
 薄くなる藍が凄く綺麗。

 日は当たるけど、肌の奥まで焼くような暴力的なものではないから、耐えられなくはない。

「お待たせしました」

「それ、どうするの?」

 てっきり冷水と言ったから飲むとばかり思っていたのに、手にあるのは結構大量な水。

「足をつけるんです。結構涼しくなるんですよ。
 ちょっと失礼しますね?」

 そう言って私の足元に桶を置くと、水を入れる。
 「どうぞ」って言うから、それに足を入れて。

「つめたっ…でも、気持ちいいかも…」

「それはよかった。ジュースでも持ってきましょうか?」

「別にいらない」

 あぁ、そうじゃなくって。
 そんなこと言いたいんじゃなくて。

「マスターも涼めばいいじゃない」

「えぇと…」

「…一緒に涼めばいいでしょ!!」

 怒鳴りたいんじゃなくって。
 あぁ、もう…。

 でも、そんな私の心情を見透かしたように笑うマスター。
 こんなだから私が甘えてしまうんだ。

「そうですね。じゃあ、俺が少し喉渇いたので持ってきたら一緒に涼みましょうか。
 夏場の水分補給は大切ですしね」

 私が甘えてしまうのは、私だけのせいじゃない。
 そう自分に言い聞かせて、マスターの台詞に一つ頷いた。

 戻ってきたら、ちょっと暑苦しいかもしれないけど。
 くっついてやるんだから。