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daybreak

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何時の間にか離れてしまった光の手が寂しくて、腰に回していた手を光のパーカーに絡ませた。
みんなの前なら服が皺になるからやめろ小生意気な口調で返すけれど、二人きりの場合、光は大抵俺の前ではあまり文句は言わない。嫉妬はするけど。
こうやって俺をたくさん愛してくれる光にいつ俺は恩返しすればええんやろう。
今日も詳細はちっとも分からんけど、光は俺のために古びた自転車のペダルを漕いでくれている。
ただ単に誕生日というだけで苦手な早起きをして迎えに来てくれた。

「先輩、何考えとん?」
「…何や」
「変なこと考えてますでしょ。先輩、変なこと考えてる時俺の服掴む癖あるんすわ」
「まじでか」
「まじっす。で、何考えとったんですか?」

答えられるはずがない。
実際こんな事を聞いても光は「別にええです」とかそういうことしか返してくれないだろう。
「先輩の愛で」とかそういうパターンに行く可能性もあるけれど濁されて終わりに違いない。
俺はもっとたくさん光を幸せにしたいのに、幸せにしてもらってばかりで何も返せていない気がする。

そんな事を考えたら自然に無言になってしまい沈黙が続いた後、光はブレーキをかけて道端に自転車を止めた。
突然のことに俺が「え?」と声を上げても特に何かを返す事なく、「ここからは歩きで」と俺に自転車から降りるように促すだけ。その声に釣られる様にして恐る恐る自転車から降りた俺を見届けた後、光は道の端に邪魔にならないように自転車を移動させる。

「…先輩寒くないですか?」
「別に。…光の方がパーカー七分丈やしごっつ寒そう」
「別に先輩に抱きしめてもろてたし」
「…アホ!」

不可抗力や!と俺が怒鳴れば、光はいつもの調子で「ハイハイ」と軽く受け流す。
少しだけ(俺のせいで)気まずさが漂っていたけれど、いつもの空気の戻って俺は内心ちょっとホッとしていた。
思わずフウと息を漏らせば、光にもそれが伝わったのか少しだけ口元に笑みを作りながら光は俺の手を取って自分の唇に添える。

「…先輩は自分が思っとる以上に俺が好きやで、せやから俺幸せやけど」
「な、何やねん!急にいきなり…」
「たぶん、先輩が一人ぐるぐるしてる悩みの答えやと思うけど」

光は少しもふざけてない、俺への気持ちをたくさん込めた瞳で俺を見返した。
普段はどこかかったるい様な表情をしているのに、こういう時だけこんな表情をする光に俺は弱い。
そしてこういうときの光は絶対に嘘を吐かないのを俺は知っていた。

あかん、あかん、あかん、泣きそう。泣いてまう。

顔を俯かせた俺にヤキモキしたのか、唇に添えていた俺の手に光がキスを落とす。
くすぐったいその感触に身を捩じらせば、光は「唇がええ?」とちょっとふざけた調子で言葉を返した。

"唇がええよ"

蚊が囁くような声でボソッと呟いたのに光は目ざとくそれを聞き取って、「はいはい」と姿勢を低く屈ませる。
恥ずかしさのあまり俯き加減の俺の顎をクイッと持ち上げ、唇に啄ばむようなキスをした。

……



光と手を繋ぎながら公園内を5分ほど進むと、突然開けた丘のような場所に出た。
街を見渡せる場所なんてこの街にあったなんて知らなかった。
思わずテンションが高いまま、そう問いかけると光は、「甥をここでよく遊ばせとるんです」と少しだけ恥ずかしそうに答える。

街の向こうにあるデコボコしている水平線から小さく光が溢れ始めていた。
そこを起点として薄暗い空が徐々に明るさを見せ始める。
ああ、夜明けか―…。

俺と光は誰もいない静かな丘の上に座って、その様子を眺めていた。
毎日毎日繰り返し行われている事なのに、今ここで光と二人きり、その光景を見つめられることが何となく特別なような気がして。
何より、今日は―…。

「日付が変わるって、人間が勝手に決めた時間やないですか」

光が明るくなる空を眺めながらボソッと呟いた。
突然の発言に首をかしげる俺の手をギュッと握り返して、光は言葉を続ける。

「日付が変わった瞬間でもええんですけど、こういうときに見た目にも明らかに日付が変わった瞬間に言うのもありかなって思ったんすわ」
「…え?」
「お誕生日おめでとうございます」

その瞬間、俺たちの真横から強烈で綺麗な光があふれ出した。
夜の終わり―…朝の始まりの瞬間。
光は少し照れくさそうに頬を赤くして、それでもまっすぐ俺を見つめながら「生まれてきてくれておーきに…っすわ」と続ける。

「光、ありがとう…おーきに。好き」
「それ、俺のセリフなんすけど」
「ええやろ、俺が言うたって」
「ま、しゃーないっすわ。先輩、俺のこと大好きやし」

光はそう言って俺の手を自分の方に引き寄せた。
抵抗する事なく光の腕に飛び込んだ俺のつむじにキスをして、「俺もやけど」と呟いて、強く強く抱きしめてくれる。ああ、ほんまに俺は光が大好きやから。そう返すように俺は光をギュッと抱きしめ返した。

神さま、オカン。オトン…?
俺のこの日に、このときに、世界に誕生させてくれてありがとう。
光と出会わせてくれてありがとう。

たくさんのおめでとうをもらえる日に、たった一つのありがとうしか返せなくてスンマセン。
作品名:daybreak 作家名:みやこ