ぼくを誘うのはきみ
「アホか。そないなことしたらまた白石の雷落ちるで」
「あの人こそ試合中に『エクスタシー』っちゅー卑猥な言葉呟いて…」
「アイデンティティなんやろ…たぶん」
成る程と頷いた財前を横目に見ながら、ユウジはゴシゴシとデッキブラシを汚れた床に走らせた。早く終わらせなければ今日離れ離れになっていた本来の相方である小春と過ごす時間が無くなってしまう。
しかしその必死に動かしてる手は、どこかニヤついた笑みを浮かべた財前によって阻まれてしまった。
「なにす…」
「今は一応、自由時間やん」
「はぁ?」
「白石部長は遠山達と花火しよるらしいし、他の部員達もついてったから今合宿所の中は空っぽみたいなんすわ」
「はああ!?ほならはよ片付けて俺たちも花火に…」
「先輩、いまここで発散するのと、明日また白石部長の雷浴びるのとどっちがええ?」
財前に掴まれた手首から彼の熱が伝わってくる。
反対にユウジのドクンと弾けた鼓動もどうやら伝わっているようで、財前の妖しげな笑みは一層色を増した。
花火も当然したい。何せ合宿の醍醐味とも言える大イベントである。
ただ今後続く合宿や全国大会の中で財前とこうやって同じ時を共にする回数が減るのも確かだ。
「掃除終わったら俺たちも風呂入っていいらしいっすわ」
財前がユウジの耳元で呟く。
そして誘うように、ビクンと跳ねたユウジの瞼にそっとキスを落とした。
「…ほなら掃除早く終わらせんと」
「風呂、入るために?」
「…入るために」
そのユウジの呟きは蚊の泣く様な小さなものだったが、何時の間にか息のかかる位の距離にいる相手が聞き逃す事はあるはずもなく。
財前は「そですね」と口元に優しい微笑を携えながら、ユウジの真っ赤な頬にリップ音を響かせた。
…そして『掃除が終わってへん!』と同室でもないのに二人が寝込む部屋に、白石が怒鳴り込んでいくのは2 時間後の話である。