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幸せアヒル

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財前は帰宅ラッシュの人混みを抜け、発車チャイムが鳴り止まない駅を飛び出した。ふと見上げた空は既にオレンジ色から濃い藍色に染まっている。ハァと吐く息は白く、首元を掠めた冷え切った風にブルリと一つ身震いをした後、教科書とノートパソコンが詰まった鞄を財前は抱え込み、点滅を始めた信号へと飛び出した。
 こんなに遅くなるつもりはなかったのだ。本来ならば空がオレンジ色に染まる前には帰宅の途につく予定だった。教師から膨大な未整理の資料処理を命じられるまでは、だが。教師というものはあくまでも知識を生徒に教えるために存在する。倫理やら道徳やらを述べるものも少なからずいるが、少なからず今日自分が当たった教師はその類に属さない事はまず間違いないだろう。あの量は1ヶ月2ヶ月溜めていたという量ではない。財前は中学時代、顧問として世話になっていた某花柄帽子を思い出し、ハァと溜息を吐いた。自分の周りにいる教師という奴の厄介さに頭が痛くなるような感覚に陥りながらも、財前の歩む足は留まる事を知らない。

 あの人が待ってるのだ。あの狭い部屋で一人っきりで。

 財前が家を出たのは大学進学とほぼ同時だった。別に家から通学出来ないわけではなかったが、"大学に進学したら家を出る"という未来予想図は、彼の中でいつの間にか当然の事になっていたし、甥っ子もそれなりの年齢に成長したことも財前の背中を押す要因の一つになっていた。そしてこっそりとパソコンを駆使して調べた一人暮らし先として財前が選んだのは大学がある駅から2つ行った場所…賑わう駅前商店街を抜けた先にある少し古いアパートである。冬は寒くて、夏は暑い。壁は厚いが、床はギシリと音が鳴る。今まで自分が囲まれていた環境を考えるとどうしても住みにくさを感じてしまうが、家賃の安さは財前にとって捨てられない魅力であった。財前が大学で学んでいる勉学はどうしても資料なり、機材なりに福沢諭吉が飛ぶのが日常茶飯事である。毎月の必要経費は最低限で抑えたい。
 初めは多少戸惑いもあったが、中学時代高校時代と強豪テニス部で鍛えられていた事もあったせいか木々が紅く染まる頃には戸惑いもなくなり、落ち葉が舞う頃には特に不自由も感じることもなくなった。
 その頃だろうか。あの人が自分の家に転がり込んできたのは。

(っと、思い出話に惹かれ取る場合じゃないわ)

 夕方の買い物客でごった返す商店街を抜け、やっと見えてきたアパートに向かって財前は最後の猛ダッシュを見せた。ハァハァと跳ね付く心臓が煩わしくて溜まらないが、一分一秒でも早くあの人に会いたい。
 普段なら眉を顰めてしまうカンカンという甲高い音を響かせながら鉄の階段を登り、ドアノブに手を掛け勢いよく扉を開けた。

「…!すんませ、遅…って、あれ?」

 既に日も落ち空は藍色一色に染まっているはずなのに、電気は未だに灯されていないまま、部屋は暗闇に包まれていた。ひょっとしたらまだあの人…一氏ユウジも帰宅していないのかと財前は首を傾げるが、玄関には彼のスニーカーが履き捨てられている。玄関の明かりに仄かに照らされている台所からは炊飯器が稼動する音が聞こえていた。
 財前は脱ぎ捨てられたスニーカーを玄関の脇に寄せ、自分のブーツをその横に並べた後、ギシリと床を鳴らして部屋の中を進んでいく。そして住み慣れた自分の部屋で迷う事なく電灯のスイッチを入れた後、財前はガクリと頭を垂れた。

「アホか…いま何月だと思ってんねん」

 電灯の下―…部屋の真ん中に置いてあるテーブルに覆いかぶさる様に影。それは今まで自分が早く会いたいと願っていたその人に間違いなかったものの、その瞼は閉じられていた。スースーと聞こえる穏やかな寝息が今では何だか憎たらしくてたまらない。
 夕食の準備途中だったのかエプロンは着用しているものの、12月半ばというのにも関わらず衣類は七部袖のカットソー一枚である。部屋の片隅に置いてある電気ストーブは稼動していないらしく、色一つ灯っていない。詰まる話今の部屋の中の気温は木枯らし吹き荒ぶ外とは殆ど変わらないはずである。
 そんな中こんな薄着で何を考えているんだ!財前は叫びたくなる気持ちを抑えながら、重いバッグを降ろして、いまだ瞼を開けないユウジの頬に触れた。
ヒヤリと冷え切った頬に思わずドクンと心臓が早鐘を打つ。死んでるんとちゃうか。財前は頬に伝う汗に構う事なく、彼の身体を包むように抱きしめた。

「…ん、…ひか…る?」
「ユウジ君、ただいま」
「ん、おかえり」

 ゆっくりと瞼を開けたユウジに財前が声を掛けると、寝ぼけながらもユウジはフンワリ微笑んだ。ンーっと大きく伸びをした後、クルリと身体を反転させて財前の胸に顔を埋めながら「あったかいわぁ」と呟いた。

「ふわぁ、寝てしもた」
「先輩、今日授業は?」
「今日はオモロない奴のやから帰って来た」
「…自由っすね」

 そんな嫌味混じりの財前の言葉に、ユウジは気付く様子もなく「そか?」と笑い声を上げる。

「光は遅かったなー」
「ちょっと帰り際にバカ教師に頼まれ事されたもんんで」
「お前、中学時代から意外に真面目だったもんな」
「ユウジ君の意外な不真面目さには負けますわ」

 今度はハッキリと嫌味を口にしたはずなのに既に長い付き合いのせいか、ユウジは眉ひとつ歪める事なく「エライエライ」と財前の頭をクシャリと撫でる。中学生時代はほぼ一緒だった背丈も今では財前が頭半分飛び出るようになっているせいか、ユウジの視線は自然と上目遣いになる。それなのにまだこんな扱い…財前は唇を尖らせながらも、どことなく嬉しく思っている自分の頭をフルフルと振り払った。そして彼の背中に回している手をユルリと解く。
 ユウジは財前のそんな心境を知ってか知らずかリビングに財前を残したまま、パタパタと風呂場へ向かい、カチリと元栓を回した。

「ご飯、出来とるで。でもその前に風呂入って来い。汗だらけやお前」
「そうさせてもらいます。でもユウジ君も一緒に、な」
「ん?俺、もうシャワー浴びたで?」
「こんなに身体冷やして何言うとるんですか。入らなあかん」

 財前の言葉に少々考えながらも冷え切っていたのは事実だったのか、そう悩む事なくユウジは首を縦に振った。

「なら簡単にご飯温めてから行くわ。上ってからじゃ面倒やろ」
「…んー…別にええと思いますけど」
「面倒やろー。味噌汁に火ィ位入れてくるわ」
「やってどうせ風呂長なるし、また冷えるやろ」

 財前は子供扱いされた仕返しと言わんばかりにニヤリと怪しげな微笑を携えながら、ユウジの手を取って風呂場へと向かう。初めは首を傾げていたユウジも脱衣所で財前にカットソーの裾を掴まれた瞬間気付いたのか顔を真っ赤にしながら、キャンキャンと吼え始めた。

「ア、アホか!」
「湯船にちゃんと浸かりましょうね。アヒル持っていきます?」
「おう、持って…ってちゃう!問題がちゃう!」
「今日、二人で住み始めて1年記念やん。これ位、ええやろ?」

 財前がそう呟くと、ユウジは顔の赤さはそのままで『むぅ』と黙り込む。そう、今日は家なし子になったいたユウジが財前の家に転がり込んで1年になるのだ。
作品名:幸せアヒル 作家名:みやこ