赫い月が嗤う夜
平和島静雄は、確かに怒らせなければ名前の通り静かで優しい人だった。
ぎこちない手付きで頭を撫でてくれる大きな手も、照れたように笑うその顔も。
確かに素敵だと思っていたけれど帝人のそれは憧れであり、知人に対する好意であり、静雄のソレは単なる年下の知り合いにする社交辞令だと思っていた。
帝人は元より他者から向けられる好意に疎い。人間観察を得意とする反面、自己に関する一切の出来事に無関心なのは、その非日常を求める好奇心故だろうか。
自分を省みる事はあれど、他者から与えられる感情の区別などする事は無かったのだから、知人友人と一緒くたにされた御蔭で愛や恋と言った感情までもが全て"親切"に置き換えられてしまうのだった。
「あはっ、そんなに信じられない? あぁ、シズちゃんも可哀想にねぇ。ざまぁみろ、だけど。」
ケラケラと笑う男の何が楽しいのか、もう帝人には理解出来ない。
思考が撹拌されて何時も通りの行動に移れない。
だからか、臨也が薄らと笑みを浮かべながら帝人の手を取ったとして、少年は茫然と見上げるしか、手立てが無かった。
「俺はシズちゃんの意識が君に向かうのが許せない。帝人君は俺が好き。だから、ねぇ、どうだろう?俺と取り引きしない?」
フワリと身体が浮いた感覚と次に感じた人並みの温かさ、大人の香りで、漸く帝人は狡い男の腕の中に居るのだと気付く。
「俺が君を抱いてあげる。そして俺はその事実をシズちゃんに突き付けて更にシズちゃんの意識を俺に向けるように画策する。これはね、ギブアンドテイクの契約だよ。」
血の色が闇を吸って黒く染まる。
赤に堕ちた黒が広がって、まるで深紅の薔薇のような色をしていた。
朱の月が、嗤う。
「まぁ、答えは聞いて無いんだけど、ね。」
歪んだ唇が少年のそれに重なり、契約はここに、結ばれた。