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それはない。

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本当にもうどうして世界はこうも上手くいかないのか。

「ひさしぶりだったのにな・・・」
帝人はため息とともにひとりごちた。
久方ぶりに丸一日静雄とふたりきりで、しかも外へ出かける事など付き合い始めてから片手で足りるほどのレアな機会だったというのに。
一瞬にして消失してしまった予定に重苦しいため息がもう一度こぼれた。
帝人が楽しみにしていた予定を潰し、蹂躙していった原因は少し離れたところで頭を抱えたくなるような惨状を、今なお繰り広げていた・・・。







「いいいっざあぁぁぁぁやぁぁぁあ!!」
「うるさいなぁシズちゃんってば。そんなに力いっぱい呼ばなくても聞こえてるから死んでよ」
「てめぇぇが死ね!!」

池袋で繰り広げられる日常の一幕。自販機とナイフが飛び交う日常。
一般的には非日常。というよりありえない光景。
平和島静雄と折原臨也のふたりがただ全力で喧嘩をしているだけで、そこは紛争地帯もかくやという惨状が出来上がる。

喧嘩っていうか戦争だよね。ほとんど。
二人がお互いを嫌いあっており、「死ね」だの「殺す」だのといった物騒な言葉がポーズではないと、少なくとも静雄については心の底から本気だと言う事を帝人は知っている。


静雄の手によって、その辺に生えている雑草のような気安さで引っこ抜かれた標識が臨也に向って、まるで槍のように飛んでゆく。
ふつうの人間ならば刺しぬかれてもおかしくないスピードと威力をもったそれを‘ひょい”と擬音が付きそうな態で体をずらし避ける。そしてアスファルトにふかぶかと突き刺さった標識を、臨也は肩をすくめて一瞥すると
「シズちゃんってば公共物壊しすぎ」
美貌といって差し支えのない容貌に皮肉気な笑みを浮かべて挑発する。
表情、所作、言動全てが計算しつくされているのか、天然なのか、混ざっているのか帝人にはよく分らないが、腹がたつほど「ハマル」人だと感心する。
頭はいいし、運動神経もよい。あまり表立って言える仕事でないにしろ稼ぎもよくて、容姿も抜群。
しみじみと折原臨也はある種、選ばれた人間だと感じる。
にも係らず帝人が全く、ちっとも、爪の垢先ほどにも羨ましいと思わないのは、すべてをプラマイゼロどころか確実にマイナスにする本人の残念な嗜好と性格に他ならない。
人間やはり中身が大事だ。

「みっかどくーん。力ばっかで頭が残念なシズちゃんよりオレの方がいいと思わない?」
「思いませんし、残念な人は貴方です臨也さん」
「ひどい太郎さん!!甘楽ちゃん泣いちゃうからっ!!」
「勝手に泣けばいいじゃないですか。っていうかシナまで作らないでください。普通に気持ち悪いですよ臨也さん」
「……本っ当に冷たいね帝人君。これもシズちゃんの影響かなぁ。あーやだやだ!!可愛い素直なオレの帝人君が汚されてしまうよ。やっぱりこれはシズちゃんが死んで詫びるしかないよね。」
「ふざけんなっ!っていうかお前が死ね!ってか殺すッ!!!」
「”可愛い素直なオレの帝人君”とやらは知りませんけど、人の久しぶりのデートぶち壊した臨也さんこそ死んで詫びるべきじゃないですか?」

「やだなーそのためにわざわざここまできたんじゃないか!」
「死んで詫びるために?」
「ふたりのデートぶち壊すためv」

小首を傾げ、ウィンクまでする姿は普通の男がすれば薄ら寒いだけだが、臨也の場合無駄に整った容姿のため妙にはまっている事は素直に認めよう。情報屋である彼になぜデートの事を知っているんだと突っ込む事も愚の骨頂だと言うことも。
だがそれ以上に。
ウザイこの人。

「よし、殺す。じっとしてろ!」
静雄がベンチを片手で持ち上げ、フルスイングするが、バックステップでかわした臨也には当たらない。
「じっとしてろっってんだろーがっっ!」
「やだよ。当たったら痛そーだし。」

そういう問題でもない。
ベンチを片手で振り回す男とそれをほいほいとよける男。
なんだろうかこの光景は。帝人は軽い眩暈を覚える。

「ねー帝人君シズちゃんは、こういうどうしようもない化け物なわけ。一緒にいれば必ず君を食い殺す日が来るし、ひょっとしたらいつか君まで化け物の仲間入りしちゃうかもしれないよ。そうなる前にさっさと離れるべきだし、理想としては殺っちゃうのがベストかな。後腐れもないだろうし」

静雄から距離を取りつつ、いつのまにか帝人のそばに近づいていた臨也が、爽やかな笑顔を浮かべて言い放った言葉は毒そのものだ。
むちゃくちゃな言い分に、帝人の胸の内に冷たい何かが静かに滑り落ちる。
普通の女の子なら見惚れるだろう臨也の笑顔を、できるなら顔の形が変わるまで殴りつけたい衝動に駆られる。

「・・・ご忠告痛み入ります。けど、余計なお世話です。僕は静雄さんになら食い殺されても文句はないし、一緒に化け物になるならそれこそ望むところです」
きっぱりと言い切る帝人に迷いはない。
静雄の体質が普通の人間と呼ぶには規格外な事も、本人が望む、望まないに係らず側にいるだけで、帝人に危険が及ぶ可能性がある事も全て承知の上で一緒にいる事を選び、又静雄からも一緒にいてほしいと望まれたのだ。
それがどれだけ嬉しくて、幸せな事かきっと臨也には理解できないだろう。

(究極のぼっちだし)

「・・・・・・なんか今、失礼な事考えなかった帝人君?」
「いーえ?別に」
「まぁいいけど。でも帝人君がシズちゃん並みの化け物かー。それはそれで面白そうだけど、いやいややっぱり駄目でしょ。だいたいシズちゃんと一緒っていうのが気に入らないし!」
「ぶつぶつぶつうるせぇ!!!!」

ベンチが地面に叩きつけられるとともに派手な破裂音が響く。
原型をとどめていないベンチの残骸を静雄がその辺に投げ捨てる。どうやら帝人が臨也の側に居たことで直接投げつけたい衝動をその場に叩きつけることでやり過ごしたらしい。

「静雄さん・・・・・・」
「いやいやいや帝人君なに顔赤らめているの、ときめくような場面じゃ全然ないよねー??」
「くそ蚤蟲がさっきから化け物、化け物って好き勝手言いやがって。てめーにそんな事言われる筋合いねーんだよ!」
血管をくっきりと浮かび上がらせ、青筋を立てた状態でも臨也の側から帝人を引き剥がし、自分の背にかばう静雄の腕の力加減はひどく優しい。

「だいたいなぁ帝人が化け物になんかなるわけねーだろっ。どう考えたって天使とか妖精にきまってる!」








「・・・・・・・・・・・・・シズちゃんそれ本気?馬鹿なの?死ぬの?」

仮にも池袋最強だの自動喧嘩人形だのと呼ばれている男が拳を力一杯にぎりしめ力説する事なのか。
これでは恋は盲目というより耄碌だ。
さすがの帝人も驚愕の眼差しで声もなく静雄を見つめている。

大仰にため息を吐いて肩をすくめる臨也の目には哀れみが浮かんでいた。
「シズちゃん。いくら恋人がかわいいからって、それはないよ・・・。帝人君が天使とか妖精ってのはちょっと・・・」

臨也さんに哀れまれた。臨也さんに哀れまれた。
既に静雄の問題発言よりも臨也に哀れみの視線を向けられた事の方が何倍もショックで帝人は卒倒しそうだった。


作品名:それはない。 作家名:この香