STRAWBERRY'S SUFFERING
途端に唇を離した少年の抵抗を封じて、彼の腿を探る。そちらにもゆったりした布の感触があった。どうやら、ずいぶんと古風な下着を穿かされているらしいと、齢何百歳かの男は当たりをつけて、探求を止めた。
「な、な、なにすんだよっ」
真っ赤な顔で一護は抗議した。
が、浦原から返されたのは、さらりとした悪びれない応えだった。
「スカートの下は探るもんスよ。隠してあったら尚更」
「探さんでいいっ!!」
「五〇年前は一般的だった下着ですよお。気にしない気にしない」
「気にするわ!」
気付かれたくなかったものに気付かれた上、知りたくもない過去をほのめかされて、一護は一層声高らかに抗う。
それに重ねるように、校内放送が、『ミズ空座一高グランプリ』最終ステージへの参加者集合をアナウンスした。
「呼ばれちゃいましたねぇ。誰か迎えに来るの?」
「本庄が。……やっべ、口紅! 化粧落とすなって言われてたのに!」
「はげちゃいましたねぇ」
「アンタがはがしたんじゃん。それに、アンタも付いてる」
『お化粧を落とすな』と厳命されていたというのに、すっかり浦原に移ってしまった口紅を前に、一護は途方に暮れる。
化粧ポーチは渡されているが、渡されたとき覗いて、中の物品の用途をさっぱり想像できなかった代物だ。口紅がどれだかすらわからない。
「ポーチある? 塗ってあげますよ」
ハンカチで色素をきれいに拭った浦原が、声をかけた。
「塗れんの?」
「義骸の顔作るのと一緒でしょ」
高スキルの男は、ポーチの中身をひっかき回すと、用具をふたつ取り出した。
「さっきの色より、こっちが合うと思うんスよねぇ」
浦原は筆に取った口紅で輪郭を描き、間を塗りつぶす。
一護は指示されるまま唇を半ば開いて、おとなしく浦原の作業を受けた。朝やってくれた女の子より、男の仕草のほうが丁寧に感じるのは、贔屓目か。
「できた。こっちの色のほうがいい。さくらんぼ色じゃなく、イチゴ色」
「イチゴじゃねえって言ってんだろ」
鏡を見せられても、違いなんかわからない。心持ち明度を増した気はするが、気のせいかもしれない。
「黒崎ー迎えに来たぞー」
「あ、ちょっと待て! 出るから!」
ドアの外で千鶴の叫び声がした。
「化粧直すから、ポーチ忘れないでね」
「わかってる!」
一護は慌てて叫び返し、浦原の膝から下りた。
「ステージまで引率してくれるって言ってたんだ。行くわ」
「アタシは間を置いて外出ますよ。足、気をつけてね。捻りかけてるでしょう」
分厚い厚底と足首を結ぶ革ひもを結び直してやりながら、浦原は注意をうながした。
「気付いてたのか」
「当たり前ッス」
淑女らしいとは到底言えない仕草で化粧ポーチを握りしめて、ドアに走ろうとする身体を留めて、浦原はヘッドドレスにキスを落とす。
頭のてっぺんから爪先まで石田の作だと言うなら、彼の趣味も捨てたものではない。あの白い服はごめんだが、これなら発注してもいいかもしれないと、悪徳商人は片隅で考えた。
「よろけたら、助けに行きますよ」
「……来るな」
ぷいとそっぽを向いて、今度こそ恋人は行ってしまった。
赤い頬の面影だけ、男に残して。
その後、今年度の『ミズ空座一高グランプリ』は、謎の団体『女性死神協会に入り隊』からエントリーした、身長一八〇センチのピンク色ロリータがさらった。
満場一致で選ばれた『彼女』が、心奪われた男子生徒たちにもみくちゃにされたあげく、特設ステージから足を踏み外しかけたのを助けたのは、囲んでいた男たちでもなく、なぜかガードよろしく付いていた一年○組の三人組でもない、一般客だったのだけれど、そのままふたりが姿を消したため、彼女の正体もスーツを着た男の素性も、杳として知れない。
団体代表の本庄千鶴が明かしたのは、衣装制作者が手芸部の一年生部長、石田『メガネミシン』雨竜であるということだけだった。おかげで、翌年のグランプリへのエントリーは、石田デザインが席巻するのだが、そんな未来は誰も知らない。
消えた恋人たちの行方なんて、尚更。
作品名:STRAWBERRY'S SUFFERING 作家名:カナタアスカ