STRAWBERRY'S SUFFERING
一護の傍らまで来た浦原は、うつむいた顎先に手をかけた。煙管を愛用する細い指がうながすから、抵抗しようもなく、少年は装った顔を男に向ける。
「似合いますよ。キミのかわいいとこがよく出てる」
さらりと口説き文句を吐かれて、一護はぶんぶん首を振った。
チェリーピンクの口紅も、ピンクオレンジのチークも、付けまつげも、クソくらえだ。
「かわいいッスよ。アタシの一護サンはいつだってかわいい」
なのに、恋人はヤニ下がった顔で言うのだ。
「……アンタ、ばかだろう」
「恋する男がはがでなきゃ、誰がばかなの」
呆れ声は浦原の耳にはまったく届かなかったらしい。問い返されて一護は言葉を失った。
一番クソくらえなのは、この男のようだ。
めまいを覚えた瞬間、ガクッとバランスを崩した。くらりときたのを、厚底靴を履いた足が支えきれなかった。
「危ないなぁ」
浦原がとっさに二の腕を掴んで一護を支える。おかげで、一護は地面にキスせずに済んだ。
少年の足元に視線を投げて、男は靴への感想を述べた。
「拷問の道具みたいな靴履いてますねえ。ただでさえバランス悪いくせに、階段下りれるの?」
「ムリ。超しんどい」
一護は思いっきり否定した。
『拷問器具』という発想が一緒だ。厚み七センチの、まったくやわらかくない靴底への一般人の感想としては、妥当なものだろうが。
一護がバランスを取り戻して真っ直ぐ立ったのを確認して、浦原は手を離す。離れた手の行方を意識しないまま追うと、彼は、さっきまで一護が座っていた椅子を引いて、自分が座った。
標準サイズの学校椅子ではあからさまに脚が余っているが、構わずに座った男は、少年に自分の膝を示した。
「座ったほうがいいスよ、ほら、ここ」
ね、とだめ押しの一言までつけて、男が笑う。
「……ばっ」
それこそ本当に二の句が続けられなくて、一護は酸欠の金魚みたいに口を開け閉めした。
乱雑に並べられた、パイプと合板の机と椅子。その真ん中に、場違いなキメキメの色男がいて、ロリータ服の少年に膝の上に乗れと誘っている。……状況を正視したくない。
アリエナイと一護が首を振ると、鬘の長髪が背中で踊る。
「あんまり頭振ると、セット崩れますよ。疲れちゃうし」
やさしい声がうながすから、一護は観念して、おずおずと近寄った。男の引力に逆らえない。逆らいたいと思うとしたら別な種類のことに対してで、甘やかされるのは全然いやじゃないのだから、意地を張るよりは従ってしまうほうがどう考えても楽なのだ。
ウーステッドのスラックスに手をかけて、どう動けばいいのかと思案すれば、男の腕にさっさと横抱きに持ち上げられた。
「うわっ」
スカートがふわっと膝全体に広がる状態で、男の上に座らされる。フリルが潰れるからそうしろと、作成者のメガネミシンに厳命されているから安心な格好だが、問題は。
ものすごく恥ずかしい、特徴的な下着を身につけさせられている点だ。
浦原がこれに気づかなければいいと、戦々恐々とする一護の内心を知ってか知らずか、男は服の装飾をためすがめつ眺めている。
「良くできてますねぇ。石田くんが作ったんですって?」
腰のリボンがほどけないよう、一護が倒れないよう、やわらかく腕をかけて、浦原がたずねた。
「ああ。なんで知ってんだ? そもそもどうやってここに?」
「焼きそば屋やるって言ったじゃない。校門入ってすぐに屋台があって、見知った顔がいるのにキミがいないから、訊いたんスよ。あの、気の回る女の子が詳しく教えてくれましたよ」
「にしても、この教室わかりにくかっただろ」
「そこは霊圧で。教室の場所がわからなくても、キミの霊圧が探せないわけがない」
言いながら浦原は、胸元まである髪を一房取った。マロンブラウンの人工髪を唇まで運ぶと、それにくちづける。
「こんなにかわいい格好してるとは思わなかったッスけどね」
「……かわいくないし」
ふてくされた顔で言う様子は、少女そのものなのに、自覚していない風で一護はぼやく。
浦原は微笑んで長い髪を撫でた。
本来の色よりもずいぶん濃いが、付けまつげも色を合わせているから、全体としての違和感はない。付けまつげで瞳のキツい印象がやわらぎ、垂らした長髪で顎の尖った線が消されている。少年らしい部分、骨ばった肩や筋肉のついた胸元が、大仰なフリルとレースの装飾で隠されると、手首足首の細さが強調されて、華奢な少女にしか見えない。
浦原は指を白く化粧された頬に伸ばした。くすくぐったいのか、一護が身をよじる。やめろと唇だけで抗うと、それまでのふてくされたフランス人形みたいだった雰囲気が一変した。こういう風に表情を変えさせたくなった輩も多かろうと、浦原は内心嘆息する。
守ってやりたいと思わせるほど華奢な上、一護の表情には、それを変えたいと願わせる力がある。食いついた男はそれなりにいるはずだ。
浦原の指から逃れたくせに、一護は自発的に男の肩に顎を載せた。疲れの見えるため息を吐く。
「お疲れッスねぇ」
「ほんと、疲れた……」
焼きそば屋で千鶴が語った話によれば、二度の投票前パレードでの評判は上々らしい。素性は隠しているから、所属団体の代表として名前の出ている千鶴のところには、問い合わせがひっきりなしとのことだった。この教室にひとりで置いているのも、問い合わせからの隔離だと言う。
露出させてマージンを取りたいのは山々だが、織姫とたつきの反対が目に見えているから自重しているというところだった。グランプリの副賞が豪華なようで、それが手に入れば彼女は満足する予定らしい。
「もうすぐ終わりなんでしょ?」
自分の胸にななめにもたれた背中をあやして、浦原は言った。
「終わったらすぐ帰ってらっしゃいな。お風呂わかしときますよ」
「帰ってって、俺、自宅別にありますけど」
「細かいこと気にしてたらハゲるッスよ。そしたら毎日これかぶらなきゃ」
鬘の髪を少し引き、おどけて言えば、肩先から密やかな笑いが聞こえた。
「うっとおしいから御免だ」
笑った身体が少しだけ浮いたのを逃さず、浦原は一護を離す。そして、戸惑う唇を奪った。唇を割り、舌を差し込む。力を抜けずにバランスを崩しそうな胴に腕を置いて、支えていることを示せば、少年は力を抜いた。
成長期の少年の色香を纏った『少女』の唇と、閉じた瞳を、男は堪能する。さくらんぼ色の口紅の感触は慣れたものではあるけれど、しかし新鮮な感覚でもあった。成熟した女のそれとは違う少年の未熟な薄い唇に、光沢を放つ赤い色素が塗られているのは倒錯以外の何でもなく、男の本能をざわつかせる。
「ふっ……」
鼻声でなく唇に隙間を開けて空気を与えてやりながら、浦原は、イタズラ心を沸かせた。有り体に言えば、スカートの中身への興味である。
スカートそのものと、下の、もっとひらひらしたアンダースカートは膝の上に広がっているのに、ズボンの生地越しに感じる一護の太股は素肌ではない。タイツにしてはふくらんだ感触は何なのだろうと、男は、幾重にも連なった布の下に手を差し入れた。
「――っ!!」
作品名:STRAWBERRY'S SUFFERING 作家名:カナタアスカ