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春を待たずに綻びる【ほんのり腐向け】

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 また小さく笑って紅茶を飲む葵を見て、寂寥にも似た感情が蛭湖の胸に過ぎる。
「私がお前の隣にいたいと思うのに、男か女かなんて関係あるとは思えないが」
「君、さっきまでボクの隣にいられないのが惜しいって言ってたよね? 言ってること変わってるよ」
「同じようなものだろう」
「全然違うって!」

 葵が突然大きな声を出したので、蛭湖はちょっと目を見開いた。それまで静かだった店内で、少女とも少年ともつかない人物が感情を露にしたせいか、疎らな客さえも何事かとこちらを見る。

「昔は全然気付かなかったけど、蛭湖って結構天然だよね……」

 かたん、と腰を下ろして葵がしみじみと言う。蛭湖はさっと周囲に目を配るが、すでに誰もこちらを見てはいなかった。

「ああ、もうずるいなあ。本当にずるいよ」
「正々堂々と正面切って言ったんだ。ずるくはないだろう」

 仄めかして相手に気付いてもらおうとか、自分からは何も言わなかったのに後から負け惜しみのように思いを告げた訳でもない。どうやら蛭湖の恋愛観と葵の恋愛観は大分異なるらしい。
 ――恋愛?

「ああ、なるほど。理解した」

 確かに告げるものも告げずに自分の希望を示すのはずるい。根拠を示した上で、道筋立てて言うべきだった。

「さっき自覚したが私はお前が好きだ。だからこんな感情を抱いたんだな」

 蛭湖を掻き立てていたのは保護欲でも同情でもない。ごくシンプルな感情だったのだ。
 納得できたので蛭湖は自然と笑みを浮かべていた。胸の突っ掛かりが取れたというのだろうか。自分の内側にすとんと答えが収まったせいか、妙に気分が良い。

「卑怯だ、君って」

 唇を尖らせて言う葵に対して込み上げてくる感情。
 深く考えるまでもない。葵と出会った時から、蛭湖には馴染みのものだった。


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