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蜜月―帝人編―

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 正臣は、暇さえあれば人に構いたがる傾向がある。小学生の頃は気にも留めなかったが、今にして思えば、正臣の両親に原因があるのだろう。正臣の両親は、極端な放任主義だった。現在に至っては、家が遠いわけでもないのに正臣は一人暮らしだ。それをどう思っているのか本人から聞いたわけではないが、帝人の予想を裏付けるように、正臣は遊びまわっている。一人の時間を避けるように。
 もちろん、正臣には他の友達もいるはずだし、そうでなければナンパにでも出掛けるのだろうが、今日は生憎この天気だ。だからこうして、帝人とチャットに興じることを思いついたのだろう。

正臣【というわけで、】
正臣【俺は今日から天気予報見るのを日課にする!】
帝人【今まで見てなかったことに驚きだよ】

 しばらく正臣とチャットをしたり、ダラーズの掲示板を見ていた帝人だったが、今度は床に投げ出していた携帯が、メールの着信を告げる。携帯の画面を確認すると、杏里からだった。杏里の方からメールが来るのも珍しい。帝人は疑問と微かな期待を持って、受信メールを開いた。

[こんにちは。今日見ようと言っていた映画なんですが、公開が再来週の末までみたいです。近いうちに予定が合えばいいのですが、どうでしょうか。]

 今日見る予定だった映画は、何かの賞を取ったらしくテレビで大々的に宣伝していたものだ。今も公開期限を延長している。帝人はさらに延長するだろうと睨んでいたが、確かにこの期間内に行った方がいいだろう。

[こんにちは。僕はいつでも都合付くよ。今正臣とチャットしてるから聞いてみるね。]

 杏里に返事を返して、携帯を手元に置いてからチャットに文字を打ち込む。

帝人【なんか園原さんからメール来て、映画再来週までだって】
帝人【予定空いてる?】
正臣【ちょっと待て、】
正臣【なんで俺じゃなくお前に杏里からのメールが行く!】
帝人【人徳の差じゃない?】

 恐らく、杏里は先ほどの伝達ミスを気にして、帝人に連絡したのだろう。そんなことを知らない正臣は納得行かないようだ。チャットの画面がスクロールする。その様子を乾いた笑いで眺めていた帝人だったが、再び着信音が聞こえて携帯を手に取った。

[ありがとうございます。もし週末が忙しかったら、放課後でもいいと思います。]

帝人【で、いつが暇なの? 園原さんは放課後でもいいって】
正臣【放課後、ダメ、絶対。】
帝人【なんで?】
正臣【杏里ちゃんの私服が見たいから*^▽^*】
帝人【で、いつが暇なの?】
正臣【…………】
正臣【今週末空いてます】
帝人【了解】

 帝人はパソコンと携帯を忙しく往復する。それにしても、杏里がこんなに積極的なのは珍しい。普段は正臣の呼びかけに帝人が応え、二人で杏里を引っ張っていくのだが、今は完全に真逆だ。正臣は杏里の私服について、一人で妄想を膨らませている。

[正臣は週末がいいみたいなので、今週末でどうですか?]

 杏里に返事を返して、帝人は首を回した。画面ばかり見つめていたので、肩から目にかけて疲れが溜まっている。窓に目を向けると、雷は止んだものの、まだ雨足が強かった。サッシに詰めたタオルを指でつついてみるが、まだ交換が必要なほどではないようだ。

正臣【杏里なんてー?】

 チャットの文字を見て帝人が携帯を手に取ると、見計らったかのように携帯が鳴った。

[私は大丈夫です。楽しみにしてます。]

 帝人は短い文面を読んで、キーボードに向かう。

帝人【週末でいいって】
正臣【それだけ?】
帝人【楽しみにしてるって】
正臣【ひゃっほい☆】
帝人【……なんか今日いつにも増して変じゃない?】
正臣【気のせいだろ。てかいつにも増してって】
帝人【文字通りの意味だけど?】

 再びチャットと掲示板に集中していると、また杏里からメールが届いた。今日は珍しいことが重なる。

[窓の雨漏りのことなんですが、これって直したり出来るものなんでしょうか?]

 メールを読んで、帝人は苦笑した。普段の杏里なら、学校で顔を合わせるまで聞こうとしないだろう。妙なところで気を遣ってしまう性格だ。しかし、今日はこんな天気で、何もすることがない。チャットでは相変わらず正臣が画面をスクロールさせ、掲示板も更新を押すたびに記事が増えていく。
 今日は、誰もが退屈な休日なのだ。


作品名:蜜月―帝人編― 作家名:窓子