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西園寺あやの
西園寺あやの
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罪深き緑の夏

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居間の窓は開け放たれていた。午後の日差しは柔らかさを失い、庭の緑は照りつける太陽のもとで鮮やかさを増している。
いつの間にか夏が訪れていたのだなと気づく。スイスはいつも腰を下ろすソファから立ち上がり、窓辺へと向かった。青々とした草花はいまが盛りとばかりに伸び育ち、定期的に行わせている剪定すら間に合っていないような状況だった。
リヒテンシュタインを見送ってから、いっそ自分で手を入れてやろうかとも思う。素人に手を出されては庭師も嫌がるだろうが、少々失敗したところでこの勢いだ。刈り込みすぎたポイントも容易にカバーしてくれるだろう。そう勝手なことを考えている間に、来客を知らせるベルの音が響いた。
 


「ごきげんよう。少し早すぎましたか」
「いや、そうでもない。準備に手間取っているようであるな。茶でもいれよう」
正装で身を固めている相手に合わせ、来客用の部屋へ入れようと促したが、オーストリアはいつもの調子で居間の方へと身体を向けていた。
互いが別の方を向いていることに気づき、オーストリアは目を瞬かせる。
「……おや。今日はお客様扱いしていただけるのでしょうか」
「そうしてやろうかとは思ったがな。いつものとおりがいいならそうするとよい。ただし茶も客用ではなく家庭用に格下げである」
それで充分です、と軽く笑顔を見せ、オーストリアは居間の方へと入っていってしまう。スイスはそれを横目で見ながら厨房へと入り、茶の準備をしてから居間へ戻る。
さきほど自分が見ていたのと同じ庭に、オーストリアは視線を落としていた。窓辺に立つ長身の姿は充分に美丈夫で、これならばリヒテンシュタインの隣に立たせてもひけはとらない。
調子にのらせるつもりはないので、本人には絶対告げてやらないが。
「貴方のところの植物はいつも元気な様子です。我が家とどこが違うというのでしょう」
「ペットが飼い主に似るのと同じで、庭も主人に似るということではないか。貴様のように型に填めすぎでは元気もなくなるだろう」
「……庭は型に填めないくせに、妹君には無理強いの兄離れですか? それとも逆でしょうか。兄君の妹離れですか」
楽しげな嫌味を無視して、茶を入れると盆には載せずソーサーごと手に持ち、窓辺に置かれた小卓に少々乱暴に置いてやる。カップの中の水面が揺らいだが、こぼれるまでには到らない。
「もともとあれの上司とは貴様の方が関わり深い。我輩はあくまで付き添いである。年に一度くらい、見知った顔だけで心おきなく思い出話をすることがあってもよいだろう」
そのあまりにもすらすらとした物言いにかえって違和感を感じ、オーストリアは苦笑を漏らす。
「まあ確かに。あちらの一族とは長いお付き合いですからね。建国の催しには毎年ご招待いただきますし、顔を出しますよ。ですが貴方の妹の生誕祭に招かれて、なにを遠慮する必要があるのです」
「……遠慮とは違う」
「では、なんだというのでしょう」
家庭用とはいえ充分に香り高い紅茶を口に含み、オーストリアは意地悪く問いかける。
「言葉通りの意味だ。毎年、あの城での催しでは昔話に花を咲かせているではないか。貴様も含め、馴染みの顔も多い。我輩が付き添わずとも充分に楽しめるであろうし、エスコート役には貴様がいれば問題なかろう?」
スイスがそう告げた時、居間の扉を軽くノックする音が聞こえた。二人してそちらへと視線を向ける。
やがて開かれた扉の向こうに、少しばかり落ちつかなげな表情のリヒテンシュタインが立っていた。
「お待たせして申し訳ありません」
「いいえ、それほどでもありませんよ。綺麗に仕上がったようですね。よくお似合いです」
紅茶を小卓へ戻し、オーストリアはリヒテンシュタインの側へと進む。そのまま流れるような動きで片手をとると、手の甲へ軽くキスを落とす仕草をした。
実際には唇をあてることなく、あくまで挨拶の仕草のみであったけれども背後のスイスからそれは見えない。 凶悪な兄の射るような視線を背中へ感じながらも受け流し、オーストリアはリヒテンシュタインへ向けて微笑んだ。
「では参りましょうか。……いや、その前にスイスにもきちんと見せてあげたほうがよいでしょう」
軽く手を引き、そのままスイスの前へといざなっていく。やはり不安げな表情で、リヒテンシュタインはスイスの方へと眼差しを向ける。
肝心のスイスはといえば、リヒテンシュタインが入室した時からすでに、窓辺に背中を貼り付けるような状態で固まっていた。
初めて見るわけではない。ドレスの生地選びにも仮縫いにも付き合っている。いつものことだ。リヒテンシュタインは自分が身につけるものに関して、常にスイスの意見を伺い、尊重した。
スイスに任せっきりということではない。基本的には自分で決めている。だが迷ったとき。本当に悩んだ時にスイスの意見を取り入れたいのだ。それがわかっているからこそ、スイスも面倒がらずに付き合ってきた。
毎年行われている、リヒテンシュタインの生誕祭。彼女の『上司』にあたる一族から毎年招かれ、共に城へと赴いた。そのたびに一着ドレスを仕立てた。そこには毎年オーストリアもいた。 
今年、自分は出席せず、エスコートはオーストリアに任せることにした。リヒテンシュタインには、仕事が溜まっているので時間が惜しいと説明し、納得させた。
すべて自分が仕組んだことであるのだ。なのに。
目の前にいるのは、なによりも慈しんでいる妹だ。いまの彼女のことは自分が一番よく理解していると自負できる。
それでも、まるで初めて目にするような風情だった。
常日頃と雰囲気の違うドレスに身を包み、その中身は少女らしさを失ってはいないものの、なにかが違っていた。
その違いは決して疎ましいものではなかったけれど、スイスの心を思わぬ形で揺さぶった。
軽やかな新緑の色ではなく、落ち着いた湖水の色味に近いものを選んだ。少し大人っぽいですねと感想を述べたリヒテンシュタインの表情からは、こちらの色に決めたことがうれしいのかそうでないのか、いまひとつ読み取ることはできなかった。
オーストリアと並んで歩くのならきっとこの方が似合うだろうから。そういう理由を潜ませていることは、おそらく気づかれぬままだった。ドレスのカッティングも常日頃に比べると大人びたものにさせた。恥じらいながらも、それにには明らかに嬉しげな反応を見せていた。
どこから少女の域を抜け出してしまうのだろう。
そのあからさまな脱皮を間近で見るのは恐ろしい心地がして、誕生日にかこつけてお膳立てをした。少しづつ適切な距離を置こうと思った。
他の男がエスコートすることにも慣れさせよう。自分もそれに慣れていこう。練習台としてはオーストリアは最適だ。奴ならばリヒテンシュタインも萎縮することはない。
もくろみどおり、リヒテンシュタインの立ち姿は兄の名で独占するのは許されぬほど、鮮やかすぎるほとに鮮やかだった。


作品名:罪深き緑の夏 作家名:西園寺あやの