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西園寺あやの
西園寺あやの
novelistID. 1550
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罪深き緑の夏

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「……兄さま」
リヒテンシュタインの声に、スイスは我に返った。
「よく似合っている。……そんな顔をするな。お前も慣れた場であるし、オーストリアがいれば大丈夫である。社交の場での奴の強さはお前も知っているだろう?」
安堵させるように囁き、スイスは微笑みかける。それでもリヒテンシュタインは、なにかを訴えるような表情を崩さない。
「背中がとてもすーすーとして気になるのです」
「ストールも持っていくのだろう? だがこの季節であるし、なるべく外している方がよいと思う。その方が惹き立つ。お前は充分に綺麗であるから、自信を持って出かけてくるといい」
「やはり、兄さまとはご一緒できませんか?」
「駄目だ。今夜は二人で楽しんでくるといい。我輩は土産話を楽しみにしていよう」
あくまで笑顔のままでスイスは応えた。その言葉にリヒテンシュタインは少し寂しげに微笑み返し、頷いた。
「もう出かけるとよい。……オーストリア」
スイスの言葉に頷き、オーストリアは先に居間を出ていった。室外に置かれていたリヒテンシュタインの手荷物を持ち、先に車へと向かっていく。
リヒテンシュタインの手を軽く握り、スイスも共に部屋を後にする。二人して無言のままでゆっくり歩みを進め、外へ出ると、すでに車から戻ってきたオーストリアが待っていた。
「ではしばしの間、妹君をお預かりしますよ、スイス」
「ゆっくりしてくるとよい。よろしく頼む」
スイスはリヒテンシュタインの手をオーストリアに預ける。
「いってまいります、兄さま」
「ああ」
微笑みながらも視線は合わせずに応え、スイスは玄関の扉へ軽く背を凭れさせる。
白くなだらかなリヒテンシュタインの背に視線を落とし、車に吸い込まれていく姿を最後まで見送った。
リヒテンシュタインは振り返らなかった。
逆にオーストリアの方がちらちらと目障りな視線を寄越したほどで、スイスはあえてそれを無視した。
そうする間に、いともあっけなく車は走り出し、丘の隆起に紛れるようにして見えなくなってしまう。
とても簡単なことだ。どうということはない。
こういうことを幾度も繰り返せば、見送ることにも慣れる。きっとなにも感じなくなる。あたりまえのことであるかのようにごく自然に、視線を交わしながら送り出せるようになるだろう。
そしていつの日か、戻ってこなくなるのだ。
オーストリアではなく誰か見知らぬ男に手をとられ、幸せを得て、普段着であっても晴れやかな笑顔を見せて去っていく。
それが兄と妹の本来在るべき姿なのだから、それでよいのだ。送り出すことが兄の責務であり、為すべきことなのだと思う。
愛すべき妹を持つ世の兄がすべからく通る道筋であるなら、自分に耐えられぬはずはないと思うのだ。

 


車が去った方へぼんやりと視線を流すうち、小雨が降り始めた。いつのまにやら空には薄雲が拡がっている。
夏の初めに降る雨はどこかうっとおしい。伸び盛る緑が先を争うようにして天の恵みを奪い合うように思えてしまう。雨粒を含んだ葉も根もみな一斉に滋養を求め、独特の青臭い匂いを放ち、濡れ浸る歓びを隠そうともしない。
太陽の下でなら好ましく思える放埒も、雨の元では途端に淫靡な風情を醸し出す。すでに湿り気を含んだ大気がざわつき始めたのを感じ取り、スイスは顔を顰める。
身体にまとわりつくような気配から逃れるように邸内へと戻り、乱暴に扉を閉める。
それとほぼ時を同じくして、小雨は一気に豪雨へと変わる。音高く地面へ叩きつける雨音に気づき、スイスは眉間に皺を寄せ、小さくため息を落とす。
これでは庭の手入れに勤しむことも出来ない。
持て余す今宵の長い時間をどう過ごせばよいのか。迷いを深める中で厨房へと入り、自分ひとりのためだけに珈琲を入れる支度を始める。
雨はやむ気配を見せない。再びため息をつき、スイスは小さく肩を落とすのだった。
作品名:罪深き緑の夏 作家名:西園寺あやの