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きれいに食べてね

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雨のにおいがする、とおもったときにはもう空は厚い暗い雲に覆われていた。そこから一粒、二粒、おおきな水滴がおちてきて、上を仰いでいたロヴィーノの頬を濡らした。それはあっという間に湿った風とともに、しとしと地上に降り注ぎはじめる。直に激しくなるんだろう。ロヴィーノは軍手をつけた手で、滲んだ額の汗をぬぐってから、立ちあがる。大方の収穫は終わっていたのが幸いだ。赤く熟れたトマトだけがはいった籠を背負って、家へと向かう、かつて自分が住んでいた家へ、馬鹿が寝込んでいる家へ、雨が激しくなる前に。


アントーニョが寝込んでいる、というのをロヴィーノが聞いたのはつい昨日ことだった。そういえばアントーニョ兄ちゃん、風邪ひいたんだって、と呑気な声で、弟が言った。ロヴィーノは昼飯のカルボナーラを口の前までもってきたところで、盛大に顔をしかめる。フェリシアーノはその表情の変化をたいして気にとめず、砂糖とミルクをたっぷりいれたコーヒーをすすった。

「・・・なんでおまえが知ってんだよ」
「ルートのとこにあそびにいったときに、ギル兄ちゃんがそう言ってたからさぁ」

それはおそらく、昨日のはなしだ。一緒に住んでいるとはいえ、兄弟とはいえ、逐一どこそこに行くなんて報告はしないけれど、フェリシアーノはよく朝食の席でそれをする。約束事なんてもんじゃない。大体ロヴィーノはそういう報告を、あんまりしないし、好まない。だがそうだ、弟があいつの家に行くといっていたのは、つい昨日の朝食の席のことだ。そうしてその日の夜には、家に帰っていたはずだ。俺はいわゆる『つきあい』というやつで、昨晩はいなかったけれど。

「どうしてすぐ言わねぇんだよ」
「だって兄ちゃん昨日の夜、家にいなかったじゃん」
「朝には帰ってただろーが、そんとき言えよ」
「だって俺起きたのさっきだし・・・電話とか、したほうがよかった?」
「・・・いや」

そうだ、フェリシアーノにはなにも過失はない。カルボナーラを口にいれる。だいたい、あいつが風邪だからってなんだっていうんだ。たかだか夏風邪だ。あいつだっていい大人だ。わざわざフェリシアーノが慌てて俺に連絡する理由もなにもない。ただすこし、その事実を本人からではなく弟からきいたということに、胸がざわざわした。ちくしょう、それでも、連絡くらいしろってんだ。
残っていたカルボナーラをかっこんでから、ロヴィーノは立ちあがった。フェリシアーノは驚きもせず、のほほんと兄を見上げる。

「ちょっとでてくる」
「うん、あ、兄ちゃん冷蔵庫にブドウあるけど、持ってく?」
「べ、べつにあいつのとこに行くとか言ってねぇだろーが!」
「なんだったら何泊かしてきてもいいんだよ」
「だからっ・・・!」
「兄ちゃんが来てくれるだけで、きっとアントーニョ兄ちゃん、元気になるよ」
「・・・っ!」

ロヴィーノは首から耳までがかあっとあつくなって困った。わかってるんだか、わかってないんだか、妙なところで鋭い弟にいらいらしながら冷蔵庫をあける。きれいな宝石みたいな色したマスカットの箱をとりだして、小脇にかかえる。行きしにへたらないように、冷凍庫から保冷剤もいくつか出して、ビニール袋につっこんだ。いまからあっちに向かって、夜にはつくだろう。まったく、いい迷惑だ。ひらひら手を振る弟を一瞥してから、ロヴィーノはキッチンから出た。皿くらい、洗ってもらってもいいだろう。






アントーニョの家からトマト畑の間は、実は結構な距離がある。歩いて10分ほどのこの時間に、雨はどんどん足を強めていた。もう自分が汗で濡れているのか雨で濡れているのかよくわからない。ようやく玄関の扉をつかんだころには、髪の毛はしとどに濡れて、服にも水分をたっぷり含んでいて重かった。

こっちに着いてまず頼まれたことはトマトの収穫だった。ほんと馬鹿なやつだ、とロヴィーノはぎゅうっと服の裾を絞りながら思う。雨水が玄関の石畳の色を濃くしていく。ただ昨日はもう夜も更けていたし、そもそもアントーニョの状態が最悪だったのでそれどころ、トマトどころじゃなかったのだ。熱は39度近くまであがっていて、焦点もよく定まっていないし、会話もあんまり成立しない。それでもトマトがトマトがと繰り返す。おまえトマトの前に自分が死ぬぞ!と怒鳴りながら病人食をつくって、薬を飲ませて、馬鹿を寝かすだけで一晩が過ぎた。
そうして夜が明けてから、ロヴィーノはトマト畑へと出かけたのである。

扉をあけて、家の中にはいってから、ロヴィーノは背負っていたトマトの籠を降ろした。ふう、と一息つく。
玄関からみえる家の中は、なんだかひどく狭い家のようにおもえた。木でできたシンプルな階段、狭い廊下、ちいさなドア。むかしは、とても、おおきなもののように思えたのに。
床を濡らすのもいやだったので、ブーツを脱いで、それから靴下をぬいで、そのままそれらを玄関先に置いて、彼は馬鹿が寝ている二階の寝室へと向かった。



「おかえり、堪忍な。濡れてもうたろ」

寝室のドアを開けると、アントーニョはベッドの上に起き上がっていた。すごく申し訳なさそうな顔をしているので、逆にロヴィーノは申し訳ない気がした。病人に気をつかわせたくないほどの良識は、彼にだってあるのだ。

「べつに、そんなことねぇよ」
「でも髪しっとりしとるよ」
「・・・・汗だよ」

アントーニョはひとつ苦笑して、ロヴィーノを手でよんだ。おいでおいで、と。口にはしなかったけれど。ロヴィーノはいっかい舌打ちしてからベッドサイドに向かって、脇においていたちいさなローチェアに腰かけた。雨が窓をうちならす。

「濡れとる」

アントーニョの手が、ロヴィーノのすこし濡れて色濃くなった髪にふれた。かれはすこし、どきどきした。

「汗だっつってんだろこのやろー・・・」
「そうやね、ありがとうな」
「・・・熱は?」
「だいぶ下がったで、ロヴィのおかげやわ」
「・・・」

往々にして、ロヴィーノはこういったアントーニョのまっすぐなことばが苦手だった。それはつまり、どう反応していいか、どう受け止めていいのかわからないものだ。好きもありがとうも、あるいは愛してるも、それはあまりにも直線的にロヴィーノを突き刺すものだから、しばらくそれを抜くことができなくなる。だからいまも、ロヴィーノは動けない。アントーニョはそれを多分きっと、わかってやっている。そうして動けなくなったところを、ぺろりと食べる、ずるいおとこだ。

「・・・夏風邪は馬鹿がひくんだぞ」
「うん、そうやね」
「おまえほんと、馬鹿だから」
「うん」

アントーニョの手は俯いたロヴィーノの頭を、撫ぜ続ける。水分のせいでさらさらとはしていなかったけれど、それでもそれはつややかだった。

「ロヴィ」
「なんだよ」
「来てくれて、ありがとうなぁ」
作品名:きれいに食べてね 作家名:萩子