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あの折原臨也でも、あんまり暑いと壊れるんだな、と帝人はしみじみと思う。

「帝人君、同じ存在になろう」

と、真剣なまなざしで、あたかもバラの花束を差し出すような仰々しさでもってそうめんの箱ギフトを差し出す真っ黒の男は、今日も今日とて意味不明だ。




そもそも、なんでそうめんなんだ。
上等な木箱に入れられて、しかも二段重ねになっているそうめんの箱から、無造作に4束のそうめんを取り出して沸騰したお湯に放り込む。しばらく食費が浮いて助かるけれど、理由がわからなくてちらりと隣を伺えば、ネギを切り終えた臨也がまな板の上にウメボシ(しかも紀州梅だ、柔らかいヤツ)を乗せて、思案気に包丁を構えていた。
「それ、切るんですか?」
お湯の中で踊るそうめんをかき混ぜながら問うと、うん、と神妙な返事が返る。
「種だけ出して叩いたら、ペースト状になるよね?」
「はあ、たぶん」
帝人の同意を得て、よし、と包丁をウメボシに当てた臨也が、種が逃げる、とか、種の周りの果肉が取れない、とかブツブツいいながらも、何とか梅ペーストを作り上げるころには、そうめんも茹で上がりの時期だ。ざっとザルにあけたそうめんを水で洗っていると、臨也はそうめんと一緒に持ち込んだスーパーの袋から、めんつゆときざみ海苔を出して満足げに頷いた。
「お椀借りるよ」
「ああ、適当に涼しそうなのでお願いします」
「了解」
鼻歌でも歌いだしそうな上機嫌で、臨也がガラスの容器を2人分取り出すのを横目で見ながら、帝人は大き目のサラダボウルにそうめんをあけて、水と氷を投げ入れる。テーブルの真ん中にそれをどん、と置き、臨也に割り箸を、そして自分には愛用の箸を用意して座って待った。
臨也がガラス容器にめんつゆを入れて、水で薄めてからはい、とそれを差し出してくるのを受け取る。
「梅とのりとネギはお好みでどうぞ」
「はあ、せっかくなので頂きます」
遠慮なく箸を伸ばしながら、もう一度帝人は考えた。さっきの、同じ存在になろう、と言うのは一体、どういう意図なのだろう?と。
っていうかそれとそうめんと、どういう関係が。
とりあえず揃っていただきます、と手を合わせてから、そうめんをボウルから掬ってめんつゆにつけ、ずるずるとすする。梅の酸味が程よく味覚を刺激して、高級そうめんだ、という思い込みを差し引いても十分に美味い。
「やっぱり夏はこれだよねえ」
しみじみと呟きながら、臨也も同じようにずるずるとそうめんをすすった。この人でも風物詩なんてものを気にするんだな、と思うと、帝人は珍しいものを見たような気分になる。
「冷たくて美味しいです」
「だよね。っていうかこの部屋暑すぎるよ」
それはそれで、夏らしくていいんだけどさあ、と文句を言う臨也は、流石に室内ではコートを脱いで黒のTシャツ姿である。
てらてらとその首筋を伝う汗を見ていると、臨也も人間なのだなあとしみじみ思われるのだった。
「っていうか、なんでそうめんなんですか」
食べながら、もののついでのように聞いてみれば、ああ、と臨也は頷いて。
「ふらっと実家帰ったら、お中元の山の中にあってさあ、なんでか見た瞬間、帝人君を思い出しちゃったんだよね」
どうせまたろくなもの食べてないんだろうなあとか、暑いし夏ばてしてるかも、とか。
「んで、紙袋に入れて持ってくる途中にさ、めんつゆないかもなって思ってスーパーに寄ったんだけど」
「無かったです、さすがです」
「ぼんやりカゴ持って歩いてたらいろいろ、考えちゃってさあ」
ふう、と息をついて臨也が、箸をおいて麦茶を一口飲んだ。この麦茶も、臨也がペットボトルで買ってきたものだ。
「人間は3年から7年のあいだで全ての細胞が入れ替わるって言うじゃない。まあ厳密に言うとそんな単純な話じゃないらしいんだけど、俗説でね。でさ、何が細胞を作るのかって言ったら、栄養素とかたんぱく質とかそう言うの、全部食事から作られるわけでしょ」
この語りは長くなりそうだなと思いながら、帝人もあわせて食事を一旦中断した。その様子を満足そうに見詰めて、臨也が続ける。
「例えば、俺の使うドレッシングと帝人君が使うドレッシングが違ったら、同じサラダを食べていても違う物質が出来上がるんだろうなって思ったら、なんかもう我慢ならない。俺の知らないところで帝人君が食べたアイスクリームが、帝人君と俺を決定的に違うものにするんだって分かったらそれも我慢ならない。例えば同じめんつゆ、同じ薬味、同じそうめんを食したら、じゃあ、俺と帝人君の中には同じ細胞が、同じものから形成されるたんぱく質が生まれるのかと、そういうことを考えると、それはそれでもう堪らない」
「は・・・はあ?」
「良くわかってないって顔だね帝人君。つまりさあ、7年間全く同じものを、同じように食べ続けたら、俺と君は全く同じものから形成される固体になるってことだよ。確かに君と俺とでは、別の生き物だけれども、異なった思考を有する2人のまったく別の固体が、共通する基盤から作られているってことになるわけ。それってすごいことだと思わない?」
楽しそうに微笑んだ臨也が、食事を再開する。
その唇に飲み込まれていくそうめんをぼんやりと見詰めて、帝人は言われた意味を租借した。それはスーパーでぼんやり買い物をしながら哲学するような内容なのだろうか、と思わないでもなかったが、折原臨也だから仕方が無いのかもしれない。
自分の手を見下ろす。
そこに走る血管の、その中を流れる血液が、臨也と全く同じものから形成されるという意味を考える。つま先から頭のてっぺんまでの、全ての細胞の大元が、臨也のそれと全く同じであるということの意味を、考える。
「・・・なんとなく、分かる気がしますけど」
帝人もまた食事を再開しながら、臨也の言いたいことは別にあるような気がして、言葉の裏に隠れるものを読み取ろうと必死に頭を回転させた。けれどもあまりのあつさに、脳が茹だってしまったかのようだ。
帝人が考え込んでいることを悟ってか、臨也は何も答えない。ただしばらく、ずるずるとそうめんをすする音だけが部屋に響く。
「さて、ご馳走様」
「あ。ご馳走様でした」
最初と同じように、揃って手を合わせてから、洗い物は後でしようとサラダボウルに食器を詰め込んで流しに放置すると、臨也はやっぱりスーパーで買ってきたらしいバニラアイスを2つ、冷凍庫から取り出して片方を帝人によこした。
これも、おそろいか。
同じ存在になろう、だなんて本気で言っているんだろうか。甘いアイスを租借しながら、帝人はもう一度良く考えてみた。人間を形成する物質が、全く同じになることなど可能なのかと。
だってたとえ三食を共にしたところで、その食べる量だとか、味の好みだとかによって、食べるものには絶対に差が出てしまうと思うのだ。親元にいた頃、両親と自分もそうだったように。
「・・・例えばだけどさあ」
いつまでも結論のでない帝人にじれったくなったらしく、臨也はアイスを食べながらまた言う。
「食べ物よりずっと確実な方法があるかもね。例えば体液。7年間帝人君の涙と唾液と血と汗と精液、その他もろもろだけを摂取して生き続けたら、俺は帝人君と同じものになると、そう思わない?」
「・・・は?」
作品名:そんなに待てない 作家名:夏野