そんなに待てない
「まあ圧倒的に栄養素は足りないし、それで生き続けられるとは思えないけど。まあロマンの一種だね」
「ば、馬鹿ですか」
帝人は思わぬ言葉に頬を染めて、驚いた拍子に取り落としそうになったアイスのカップを机の上に置いた。後一口残っていたそれを口の中に入れてしまってから、臨也の真剣なまなざしを睨み返して、飲み込む。
臨也と同じものを食べ続けるということは。
臨也がそれを望むということは、そういうことなのか。
「・・・臨也さん、まわりくどいって言われませんか」
あきれたようなため息をついた帝人に対して、臨也は笑いながら、君にならよく言われるね、と答えた。
「もっと簡潔に、三行で分かるように言ってくださいよ」
「簡潔に言うなら三行もいらないじゃない。せっかく頭ひねったのに、帝人君冷たい」
頭使うところ違うと思います、とは返さずに、帝人はもう一度盛大なため息をつく。どうしてそういう伝え方をしようとするのか分からない。
「で?」
アイスを食べ終わった臨也が、膝を擦りながら畳の上を移動して、帝人の正面に座る。
にっこりと笑う顔が、ずいっと帝人に迫って。
「俺の決死のプロポーズに対して、何かコメントは無いの?」
どこの時代に、箱入りそうめんを片手にプロポーズする男がいるんだ、と思わないでもない。
その前に僕たち付き合ってませんよね、とか、尋ねたい気がしなくもない。
って言うかその顔で決死とか、全人類の決死の覚悟に謝れ、とか言うべきかもしれない。
だがとても残念なことに、悪い気もしないのが納得いかない。
暑いせいかな、僕も臨也さんも、頭沸いてるんだろうな。
帝人は冷静にそう判断して、小さく笑った。ああもう面倒くさい。同じ存在になろう、だなんて馬鹿みたいに回りくどい。君と三食ともにしたい、つまり一緒に暮らそうくらいのこと、分かりやすく言ってもらわないとリアクションに困るじゃないか。
「僕の唾液、飲んでみますか?」
答えた言葉は、色気も何もないような響きだったけれども。
「最高、是非飲みたいね」
やっぱり色気のかけらもないような答えを返して嬉しそうに笑った臨也が、飛びついて重ねてきた唇の温度が、思ったよりも心地よかったからよしとしよう。
ざらりとした舌の感触が、帝人の舌に絡んで緩やかに思考回路をダウンさせる。
背中に感じる畳の固さ、皮膚と皮膚が触れ合ったところに生じる熱と汗。飲み込んだ、自分のだか相手のだかわからない唾液の甘さ。脈打つ心臓の、刻むリズム。
重なる、混ざり合う、溶け合う。
隙間無く、触れ合う、抱き合う。
互いの温度が分からなくなるほど絡み合えば、互いの心音が同化するほど近ければ、そっちのほうがよっぽど一つの存在みたいに思えるのではないかと、帝人は思う。
だってそうでもなければ耐えられない。
「ねえ臨也さん。同じ存在になる為に7年も待つって、すごく焦れったいと思いません?」
確かに臨也の言うとおり、ロマンで甘美だけれど、そんなのとてもじゃないけど帝人には待てない。ゆるゆると時間をかけておなじになるよりも、もっとずっと即物的で衝動的な方法があるじゃない。
問いかけに、臨也がにんまりと笑って、頬を伝う汗を拭う。
「じゃあもっと物理的に、一つになろうよ帝人君。今すぐさ」
そして涙も汗もそれ以外も。
全部胃袋に詰め込んで、帝人を基盤に出来上がる臨也になればいい。そうして、帝人が居なくちゃ生きていけなくなったら最高だ。だってこの人は折原臨也だ、臨也が、こんな平凡な高校生がいなきゃ生きていけないなんて、最高の喜劇じゃないか。
堪らない、それだけで煽られる。
早く早く、我を忘れて自分を求める臨也が見たい。帝人の隅から隅までを、喰らい尽くす獣のような臨也が見たい。そうしてつながってひとつになって、満足だと笑う臨也が見たい。そうしたら臨也から流れ落ちる汗も、吐き出される白濁したソレも、全部ちゃんと飲み込んで帝人を形成する要素にしてあげる。臨也は存在が猛毒だから、きっと美味しくはないだろうけれど甘いかもしれない。
「お返事は?帝人君」
すでにTシャツの中に手のひらを滑りこませておきながら、いたずらっぽく笑って問いかける臨也に、帝人はたえきれないとでも言うように声を上げて笑った。
「美味しく食べてくださいね」