sweet fancies
「ねぇねぇ、イザイザとシズちゃんはさぁ、シズイザなの!?イザシズなの!? ねぇ、どっち!?」
「…………はい?」
よく晴れたとある日の昼下がり、池袋のとある公園横に一台のワゴン車が停まっていた。車の隣で会話を交わすのは、黒ずくめの服を着た男と黒ずくめの服を着た女である。
「自分的にはやっぱシズイザかなって思うんだけど、イザシズも捨てがたいのよねー。だからいっそ、本人に実際のとこを訊いてみようかなって!」
「…………それはそれは、なんとも合理的な」
女―――狩沢絵理華のあまりにも自分の欲望に正直な質問に、当の男―――折原臨也は、珍しく引きつった笑いを返した。
そもそも臨也は、狩沢と直接、少なくとも二人で話すのは今日が始めてである。門田と一緒にいるところは何度か見たことがあり、彼女の名前と筋金入りのオタクであることぐらいは彼から聞いていたが、面識も興味もその程度しか無かった。
―――まさか、腐女子だったとは……。
臨也はこの場へ来てしまったことを少々悔やんだ。
池袋の街中へぶらぶらと向かう途中で、見覚えのあるワゴン車が停まっているのを見かけたのだ。窓ガラスをコンコンと叩くと運転席に座って本を読んでいた門田が窓を開けてくれたので、二人は久しぶりに世間話をした。もっとも彼らの性格からして雑談は五分ほどで終了してしまい、臨也は彼に手を振って別れようとしたのだが……
そこで、彼女に捕まったのだ。
まさに捕まったという表現がぴったりで、後部座席のドアから勢いよく飛び出してきた彼女に捕獲される危険性を覚え、臨也はほとんどナイフを取り出すところだった。
そしてその危機感は見事的中し、狩沢の口から放たれた第一声が―――冒頭のあれである。
「ね? それだけ教えてくれたら満足するから! あとは妄想でカバーするから!!」
「……何というか、君はすごいね。興味深い。人間として」
臨也は我関せずとばかりに運転席でページを捲り続ける門田を恨みがましげにチラリと見た。
恐らく狩沢も、臨也の友人であり、いざとなれば場を治めてくれるはずの門田が文字通りバックにいるため、ここまで率直に尋ねかけてくるのだろう。ちなみに狩沢を抑える役目のはずの遊馬崎と渡草はどこかへ行っているようで、何とも言えない空気が二人の周囲に漂っていた。
「そういうのは二次元でやりなよ。しかもあろうことに妄想してる本人に話振るとか、絶対ダメでしょ」
「えー、だってあんな萌える関係見せつけるイザイザとシズちゃんが悪いんだよー。それに、妄想じゃなくて本当のことなんだからいいじゃん!」
「………」
目の前で身を乗り出すようにして爛々と瞳を輝かせている狩沢に、臨也はこっそりと溜め息を吐いた。無駄に博識な彼のこと、狩沢の腐女子的な言葉の意味はもちろん分かっている。
―――どうするかな。下手なこと言ったらますます突っ込まれそうだし……
何故口先だけなら誰にも負けない臨也が、こんなことで手を焼いているかと言うと―――
まぁ早い話が、彼と静雄はそのものずばり、狩沢の言うようなそういう関係、なわけで。
しかも所謂恋人同士という間柄にようやく収まったのは、まだほんの一週間ほど前のこと。
見かけはいつも通りのクールで通していても内心では現在幸せ絶頂の臨也は、静雄の名前を聞いただけで鼓動が速まる始末だった。
―――参ったなぁ、シズちゃんが俺の弱点になるなんて。これも惚れた弱みってやつなわけ?
加えて、狩沢のこの常人らしからぬストレートな物言いである。さすがの臨也も本来のペースを取り戻せず、この場の主導権を彼女にすっかり握られてしまっていた。
「ねぇ、教えてよー。やっぱ、シズちゃんが攻め?」
「ダメだってば。企業秘密」
「あーっ! やっぱりボーイズでラブってるんじゃーん! 認めた、イザイザ今認めたよね!?」
―――しまった。
発言そのものよりも、右手で口元を覆うというあからさまなリアクションを取ってしまったことに臨也は舌打ちしたくなる。
―――素敵で無敵な情報屋がこのザマでは、さすがにまずい。……いや、実はこの女が半端なく凄腕だとか?
一方―――門田は二人の話を聞き流しながら、ハンドルに頬杖を付いて相変わらず本を読み続けていた。
だが意外にも臨也がやり込められているのに少々好奇心を覚え、開けたままの窓から後方の二人の様子を覗いてみることにする。
―――へぇ、臨也があんな動揺した顔見せるなんて珍しいな。
臨也のポーカーフェイスを崩せる者などそうは居ない。容易く彼の感情を乱せる人物など、それこそ宿敵である静雄ぐらいのものだろう。もっとも臨也の様子から判断するに、その乱され方は以前とは少々種類が異なるもののようだが。
―――何だ、あいつらマジで付き合ってたのか……今度新羅にも教えてやろう。
門田の微笑ましげな視線に気付いたのだろうか、臨也が窓の方を向き二人の目が合った。臨也は少々バツが悪そうに助けを求める顔を作ってみせたが……それがふと、何かを思いついたような表情に変わった。
―――ああ、あいつのあの顔には嫌と言うほど見覚えがあるな。
―――……ま、せいぜい頑張れ、狩沢。
未だに詳細を問い詰めようと騒いでいる狩沢の言葉を遮り、臨也はニッコリと笑いかけながら彼女に言った。
「そんなことよりさ、狩沢さんは三次元の男に興味はないの?」
「…………はい?」
よく晴れたとある日の昼下がり、池袋のとある公園横に一台のワゴン車が停まっていた。車の隣で会話を交わすのは、黒ずくめの服を着た男と黒ずくめの服を着た女である。
「自分的にはやっぱシズイザかなって思うんだけど、イザシズも捨てがたいのよねー。だからいっそ、本人に実際のとこを訊いてみようかなって!」
「…………それはそれは、なんとも合理的な」
女―――狩沢絵理華のあまりにも自分の欲望に正直な質問に、当の男―――折原臨也は、珍しく引きつった笑いを返した。
そもそも臨也は、狩沢と直接、少なくとも二人で話すのは今日が始めてである。門田と一緒にいるところは何度か見たことがあり、彼女の名前と筋金入りのオタクであることぐらいは彼から聞いていたが、面識も興味もその程度しか無かった。
―――まさか、腐女子だったとは……。
臨也はこの場へ来てしまったことを少々悔やんだ。
池袋の街中へぶらぶらと向かう途中で、見覚えのあるワゴン車が停まっているのを見かけたのだ。窓ガラスをコンコンと叩くと運転席に座って本を読んでいた門田が窓を開けてくれたので、二人は久しぶりに世間話をした。もっとも彼らの性格からして雑談は五分ほどで終了してしまい、臨也は彼に手を振って別れようとしたのだが……
そこで、彼女に捕まったのだ。
まさに捕まったという表現がぴったりで、後部座席のドアから勢いよく飛び出してきた彼女に捕獲される危険性を覚え、臨也はほとんどナイフを取り出すところだった。
そしてその危機感は見事的中し、狩沢の口から放たれた第一声が―――冒頭のあれである。
「ね? それだけ教えてくれたら満足するから! あとは妄想でカバーするから!!」
「……何というか、君はすごいね。興味深い。人間として」
臨也は我関せずとばかりに運転席でページを捲り続ける門田を恨みがましげにチラリと見た。
恐らく狩沢も、臨也の友人であり、いざとなれば場を治めてくれるはずの門田が文字通りバックにいるため、ここまで率直に尋ねかけてくるのだろう。ちなみに狩沢を抑える役目のはずの遊馬崎と渡草はどこかへ行っているようで、何とも言えない空気が二人の周囲に漂っていた。
「そういうのは二次元でやりなよ。しかもあろうことに妄想してる本人に話振るとか、絶対ダメでしょ」
「えー、だってあんな萌える関係見せつけるイザイザとシズちゃんが悪いんだよー。それに、妄想じゃなくて本当のことなんだからいいじゃん!」
「………」
目の前で身を乗り出すようにして爛々と瞳を輝かせている狩沢に、臨也はこっそりと溜め息を吐いた。無駄に博識な彼のこと、狩沢の腐女子的な言葉の意味はもちろん分かっている。
―――どうするかな。下手なこと言ったらますます突っ込まれそうだし……
何故口先だけなら誰にも負けない臨也が、こんなことで手を焼いているかと言うと―――
まぁ早い話が、彼と静雄はそのものずばり、狩沢の言うようなそういう関係、なわけで。
しかも所謂恋人同士という間柄にようやく収まったのは、まだほんの一週間ほど前のこと。
見かけはいつも通りのクールで通していても内心では現在幸せ絶頂の臨也は、静雄の名前を聞いただけで鼓動が速まる始末だった。
―――参ったなぁ、シズちゃんが俺の弱点になるなんて。これも惚れた弱みってやつなわけ?
加えて、狩沢のこの常人らしからぬストレートな物言いである。さすがの臨也も本来のペースを取り戻せず、この場の主導権を彼女にすっかり握られてしまっていた。
「ねぇ、教えてよー。やっぱ、シズちゃんが攻め?」
「ダメだってば。企業秘密」
「あーっ! やっぱりボーイズでラブってるんじゃーん! 認めた、イザイザ今認めたよね!?」
―――しまった。
発言そのものよりも、右手で口元を覆うというあからさまなリアクションを取ってしまったことに臨也は舌打ちしたくなる。
―――素敵で無敵な情報屋がこのザマでは、さすがにまずい。……いや、実はこの女が半端なく凄腕だとか?
一方―――門田は二人の話を聞き流しながら、ハンドルに頬杖を付いて相変わらず本を読み続けていた。
だが意外にも臨也がやり込められているのに少々好奇心を覚え、開けたままの窓から後方の二人の様子を覗いてみることにする。
―――へぇ、臨也があんな動揺した顔見せるなんて珍しいな。
臨也のポーカーフェイスを崩せる者などそうは居ない。容易く彼の感情を乱せる人物など、それこそ宿敵である静雄ぐらいのものだろう。もっとも臨也の様子から判断するに、その乱され方は以前とは少々種類が異なるもののようだが。
―――何だ、あいつらマジで付き合ってたのか……今度新羅にも教えてやろう。
門田の微笑ましげな視線に気付いたのだろうか、臨也が窓の方を向き二人の目が合った。臨也は少々バツが悪そうに助けを求める顔を作ってみせたが……それがふと、何かを思いついたような表情に変わった。
―――ああ、あいつのあの顔には嫌と言うほど見覚えがあるな。
―――……ま、せいぜい頑張れ、狩沢。
未だに詳細を問い詰めようと騒いでいる狩沢の言葉を遮り、臨也はニッコリと笑いかけながら彼女に言った。
「そんなことよりさ、狩沢さんは三次元の男に興味はないの?」
作品名:sweet fancies 作家名:あずき