彼が彼女になったなら②
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数十分後。
「おい相馬、まだか?」
余程手間取っているとしても、あまりにも遅すぎる。
そう感じたのか、佐藤君が外から少し苛立ったように声を掛けてきた。
その手には、着替え初めてから数えて三本目の煙草が握られていることを俺は知る由もない。
「いやぁ、着替えは終わってる、んだけど、ね」
「じゃあ早く出て来い」
「うー、ん、だけどー…」
煮え切らない俺の言葉にプツンときたのか、佐藤君がガタっと椅子から派手に立ち上がる音が耳に届いてきた。
「着替え終わってるなら、入るぞ」
「え、ちょっと待っ、」
俺の言葉は最後まで紡がれることはなく、勢いよく扉が開かれる。
スカートを穿いて現れた俺は、佐藤君にはどのように映っているのだろうか。
きっと、異様な光景に見えているに違いない。
「あ、あはは、こんなになっちゃいました」
「あら、相馬君可愛い!すごく似合ってるわ」
轟さんが両手を合わせ、きゃっきゃと嬉しそうに近付いてくる。
俺が、可愛い?
その言葉に、ぞぞぞっと肌が粟立つ。
俯き加減に伏せた目に映る可愛らしい花柄のワンピースが、物凄く恨めしくなった。
「轟さん…ありがとうと言いたいところだけど、俺も一応男だし…あんまり嬉しくないなぁなんて」
苦笑気味に答えるも、彼女にその声は届いていないようで、俺の姿を見て只管可愛い可愛いを連呼していた。
何も言わない佐藤君は、この姿をどう思ってるのだろう。
矢張り、気持ち悪いと嫌悪されているのだろうか。
恐る恐る視線を投げかけると、佐藤君はぼけっと人形のように固まっていた。
「佐藤くーん?そんなに似合わなかったかな?一応女の子になってるから、そこまで酷くはないと思ったんだけど」
やっぱり元が俺だからいけなかったのだろうか。
それとも、何処か可笑しいところでも?
まぁ、それは女性に変化してしまったところから始まるけれど。
「?佐藤君…?」
流石にここまで言っても何も行動を起こさないとなると、逆に佐藤君のことが心配になってくる。
まさか、ショックで気絶でもしてしまうのではないか、とか。
慌てて駆け寄ると、佐藤君がはっと我に返り、ばっと大袈裟に飛び退いた。
「何、そんなにおかしい?って言うか、気持ち悪いっていうのはわかるけどさ、ちょっとその態度は傷付くなぁ」
しゅんと悲しげな表情を浮かべると、佐藤君が慌てて取り繕う。
「い、いや、そうじゃなくてだな、」
「じゃあ何?」
「その…」
しどろもどろな佐藤君の態度に、少しの悪戯心が俺を動かした。
にんまりと口の端を上げて、佐藤君につつつっと近寄っていく。
「わかっちゃった。俺に惚れたね、佐藤君」
「ばっ、ちげぇよ!!」
俺が思っていたのと少し違う反応を示す佐藤君。
アホだのなんだの罵りの言葉を吐いて、軽く小突くくらいはするかなと思っていたのに。
目の前の佐藤君は、少しだけ頬を朱に染めて、目線を宙に泳がせていた。
その反応が面白くて、俺は更に佐藤君を煽りにかかる。
「あれ?やっぱり俺にドキドキしちゃってるんじゃないの~?いいんだよ、本当のこと言っても。なんなら、デートでもしてあげようか?あ、それよりもキスの方がいい?」
ノリで佐藤君の腕に己の腕をぎゅっと巻き付けてみるが、彼の反応は皆無だった。
暫くしても微動だにしないので流石にやりすぎたか、と思い、そっと佐藤君の顔を上目遣いで確認する。
「佐藤くーん?さとー…あてっ!!」
油断していた俺に突然の拳骨。
痛みに佐藤君の腕を咄嗟に解放し、その両手を今度は己の頭上に掲げる。
「いった!痛いって!!フライパンも痛いけどね、グーも結構くるから!痛いいたたたっ!!」
それから暫く、彼の怒涛のグー攻撃が続いて、俺がボロボロになったのは言うまでもない。
冗談の通じない佐藤潤二十歳。
暫く彼には、この手のちょっかいをかけるのはやめよう。
そう心に決めたワグナリアでの一コマ。
「ちょっ、もうわかった!ごめん!俺が悪かったよ佐藤君!もう冗談でもあんなこと言わないから、本当やめて!!轟さーん、助けて!!」
「本当、仲良いわね、二人とも」
「「よくない!!!」」
作品名:彼が彼女になったなら② 作家名:arit