二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
卯乃花ことは
卯乃花ことは
novelistID. 12090
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

いと高きところに、主よ

INDEX|1ページ/4ページ|

次のページ
 
人を、斬りすぎた。
呆然と自分の手を見たら、他人の血で赤く染まっていた。
ぬぐおうとしても、洗い流そうとしても、どうしたら消えるのかわからなくて、途方に暮れてしまった。
難しくてどうにもならなくて、考えることを放棄した。そのかわり。
笑うことにした。



「アラミス! おまえ、昨日またワルモノを串刺しにしたって?」仲間の銃士に呼びかけられた青年は、軽く返した。
「なに。ただのコソ泥だよ」端正な顔に、上品な笑みを浮かべて。
それに見惚れそうになって、銃士はあさっての方向を向いてごまかそうとし、失敗した。
「いやあ、おまえ、きれいに笑うよなあ。もっととっつきにくいかと思ってたけど」
観念した銃士は並んで歩きながら、アラミスの美点を褒めそやす。
「市中警固の成果も一番挙げてるし、知ってるか? おまえの信望者、続々と増えてるぜ!」
「信望者、なんて」笑った顔のまま、「おおげさだなあ」
「いやいや。その笑顔! 値千金、てやつだな。かくいうおれもその一人さ。今晩飲まないか? たまにはあの二人とはなれてさあ」銃士はなおも食い下がる。
「いいけど、遅くまではつきあえないよ。やることがあるから」笑顔――笑顔。
「ほんとかい? 仲間も呼ばなくちゃ」
談笑しながら廊下の奥へ遠ざかるアラミスを、一人は腕組みをして壁に背を凭れさせながら、もう一人はその隣で床を調子よく蹴りながら、じっと見ていた。



「とられちゃったよ」どうする?と、詰所の庭の樫の木の下で、丸い男が楽しげに笑って傍らのヒゲ男を見上げた。
「バカ言ってんじゃねえ」こちらは仏頂面で、丸いのを横目で見下ろした。
「ごめんごめん。で、どうする?」
「…あいつの問題だ」
「じゃあ、ほっとく?」しばしの間返事を待っていたが。降ってきたのはいまいましげな舌打ちだった。
それを聞いて、ポルトスは可笑しそうに
「あーあ。甘いねえ、おっさんは」
「おっさん言うな。そういうおまえはどうなんだ」
へー。甘いのは認めるの、とひとしきり茶化すと、真顔になって目を伏せた。
「あんたと同意見だよ」
「おたがいさま、かよ。まったく手のかかる…!」
「立ち入っていいもんかとは、思ったけどね。あいつだってオトナだし?」
「おれだって考えたさ。…でも、ダメだ。おれが耐えられねえ。自己満足でもいい。好きにさせてもらう」アトスは、拳 で幹を強く叩いた。揺すられて葉が落ちる。
「自己満足か。そうだねえ。頼まれたわけでなし」
「なら、ほっとくか?」
珍しく逆襲を受けて、ポルトスの丸い頬がむーと、ふくらんだ。



窓を開けてしばらく夜風に身を晒すと、彼は毎夜の儀式を始めた。
盥に水を張り、桶で掬って体を流す。
「主よ」
水に濡れた両腕を、かざし見た。
「…あかい」
顔にはあの笑み。もう一度、尊き御名を呼ぶ。
その色を、誰もぬぐいさってはくれない。
「主よ、どうか」はじめて、顔が曇る。
「翼を」



「具体的に、どうしよう?」
「まずは、正攻法でいく」
たは~。と、げんなりした顔つきで、ポルトスは私見を述べた。
「おっさんの正攻法ってのは、ゲンコ一発なんじゃないの?」
「それですめば、一番だが…さすがに、そうは思っちゃいない!」
ひそひそ話す彼らの前を、話題の人物が通り過ぎていこうとした。
「おい!アラミス!!」アトスが気づいて声をかけると、青年は振り返った。
「やあ」笑顔。
「今、ひまか?」
「うん」
「ちょうどいい。久しぶりに手合わせしねえか」
ちょっと考えてから、アラミスは承諾した。「いいよ。うん、久しぶりだね」
ポルトスの合図で、ふたりは試合った。
互いの隙をうかがい、出方を見あっていたが、先にアラミスが動いた。電光石火の剣さばきは、アラミスの得意だ。
すばやく、確実に相手の急所を突いてくる。対するアトスは剣筋を慎重に見極め、前へ前へと相手を追いつめる。
「脇が甘いぞ!」「きみこそ、右に寄りすぎだ!」銃士隊屈指の使い手である二人のやりあいに、周りは見物の人垣でいっぱいになっていた。
キンッと両者が剣を払い合ったそのとき、「はい、そこまで」おさめるポルトスの声が響いた。
「さすがだなあ!」「いい勉強になる」「今度おれにも稽古つけてくれよ、二人とも!」銃士たちの歓声が二人を取り囲む。
「メルシー。アラミス」さほど上がってはいない息を整えながら、アトスがアラミスに礼をいう。
「こちらこそ。じゃあ、また」変わらない、笑顔。
「じゃあね~。おれもこんどね~」「そのうちに!」アラミスが去っていったのを確かめ、周囲の喧騒がやんだ頃。
「…みてたな」
「うん。原因は、やっぱこれか」
「あいつ、こんなことでつまづいてたのか…とうにわかってなきゃいけねえのに」
「さて、どう出ます?」正攻法は、むずかしそうだよと、暗にほのめかす。
「逃げ場は前にしかない、てのが、おれの信条だ」
追い詰められてるのは、どうやらおれたちのほうらしいからな、と、鬱々と口の端にのせた。
「ときには後退も戦術だよ」
「言われなくても!」
「あたっても砕けちゃわないでよ?」心配そうに見上げてくる友人に、アトスは破顔一笑。
「それも一興、だ!」



「なに、やってるんだ」
低い声に、アラミスは振り返った。
「なんだ、きみか」
「そんなことしても、とれねえぞ」
「うん、そうなんだ」
「…おれの後ろに、誰かいるのか?」
「いや、そうじゃない。きみに、翼が見えたから」
「つばさぁ?」
「ああ…白い、きれいなのが」
「おまえには?」
「ないんだ」
「ほしいのか?」
「…くれるのかい?」
目を輝かせた年下の友人は、いつもの笑みではなく、見知った顔だった。
「やりたいが、…あいにく、はずしかたをしらん」だから、とアトスは続けた。
「おまえがもぎとれ」
「…きみごと、ひきちぎってはいけないかな」
「…痛そうだな、それは」
「だって、わたしには合わないかもしれない。肉もいっしょじゃないと」
「どうすれば確かめられる?」
「…交わってみれば、わかるかも」
「じゃあ…やってみるか?」
「きっときみは、途中で嫌だって言うよ」
「言わない。おまえが嫌だというまで、絶対」
瞳に強い光をたたえて、アトスはアラミスを見据えた。
その光に突き動かされるように、アラミスは、目を細めて、言った。
「うん。きみは嘘を言わないから。信じるよ」
アトスはその顔をずっと見ていたかった。



控えの間では、銃士たちがいつものように、艶事や賭けの勝敗などに話を咲かせていた。
ひと際大きなその輪の中にいたポルトスが、じゃ、と皆に手を振って抜け出し、だるそうにソファーに身を預けているア トスに近寄った。
「具合、悪そうだね」ぼそぼそと、周りに配慮した小声で尋ねた――というよりは、確かめた。
「…どうってことない」ぶっきらぼうに応えたその声には、張りがない。
「まだ続けるの?」
「約束したからな」
「律儀だねえ…でも、悪いけど」有無を言わせぬ口調で、突きつけた。
「破ってもらうよ、それ」
「っだめだ!…うぐっ…くぅ…」驚いて立ち上がろうとして、体中を走る鈍痛に、裏切られた。
「こっちのセリフだ! おれはともだちいっぺんになくしたくないの!」