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卯乃花ことは
卯乃花ことは
novelistID. 12090
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いと高きところに、主よ

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「命に優劣なんてない。でも、感情にはあるだろ。考えてみろ。許しを乞わなきゃならないのは、誰にだ?」
息が詰まる。
「罪には罰が与えられなくちゃ。おまえの罪はなんだ? 神様のくれる罰ならうけるかい? おれたちが下すのは…」
言わないでくれ。どうか。
「ともだちをやめるってことだ」
最大の、決定的な罰だ。
「…でもさ。できないって。そんなこと。ループだよ」声が、やわらかくなった。
アラミスはポルトスの口元に、懐っこいいつもの笑みを見た。口を開きかけたが、言葉は出てこなかった。
「誰の手だって、おれのもアトスのも、血で汚れてる。真っ赤だよ。きみには見えなかったのかもしれないけど。そんで 、みんなこう思ってる…誰かに、ぬぐってほしい」
アラミスの目に、ふたたび涙がたまる。望んだのは。それをかなえてくれるのは。
ポルトスが、アラミスの肩をぽんぽんと軽くたたく。アラミスが寝台に座っているおかげで、彼らの目線は同じ高さ。
「ポルトス」
「ん?」ぽんぽん。
「ぼくは、愚かだ」
「そうだね」もういちど、ぽん。
「自分が傷ついてるふりをして、きみたちをもっと傷つけていた」
「それで?」
「失いかけなければ、わからないなんて。それが、こんなに怖いものだとは」
「いいよ。もう。…楽になろうぜ。おれたち」
ポルトスは、アラミスの背に手をまわし、ちからいっぱい抱きしめてやった。おずおずと、アラミスもそれに応えてポル トスを抱擁する。ポルトスの肩口にそっと顔をうずめてみた。涙はあふれて、とまらない。
「う…」かすかなうめき声に、二人はハッとなってアトスを向いた。「アトス!」「おっさん、気がついたかぁ」
「ん…なんだ、おれ、気を失っちまって…」起き上がろうとするがまだふらつくアトスに、二人そろって手を貸した。
「ゆっくり、な。なあ、シャツは?」「あ…さっき、ぼくが、脱がしてしまって…」今さら恥ずかしそうに語尾が小さくなっていくアラミスを見て、アトスは何かを悟ったのか。ポルトスに、確認のような視線を送った。ポルトスは、それに頷く。
「そうか。カタぁついたのか」
「アトス…きみに、謝らなければ」神妙な顔つきをしてアラミスはアトスを支える手に力を込める。
「なにを」おっくうそうに、アトスは訊いた。
「ぼくは、きみにひどいことを…それに」
「なにがひどい。おれがいいって言ったんだから、いいにしとけ」
「それだけじゃな」「いいんだ!」
 思いがけない語気の荒さに、アラミスは一瞬ひるんだ。
熱を帯びたアトスの視線が、アラミスを刺す。
「懺悔なんかいらん! おまえが壊れてくくらいなら」
アラミスに倒れ込むようにして、アトスは友の細い腰をかき抱く。
「自分がめちゃくちゃになるほうがずっとマシなんだ…」
だから、もうあんな顔して、笑うな。消え入りそうな声で、けれども意志を強く込め、アトスは低くささやいた。
低音は、やさしくアラミスの耳に届く。
これが、福音なのかもしれない。ポルトスの、アトスのくれた言葉が、いと高きところより遣わされた翼となって、自分を導く。ひとでいながらにして、 主のみそなわす、狭き門を潜り抜けたその先へと。
アラミスは、自分の胸元あたりにあるアトスのこうべを抱え込んだ。自然、アトスの鼻先はぎゅうと押し付けられる。
「おい、苦しい」
「っああ、すまない」相手の息苦しさに気づいて、慌てて手を離した。が、アトスの腕は依然アラミスの体を抱いている 。
「くそっ。もっとこっちに寄せたいのに…ちから、はいんねえ…」
自分の胸元が濡れてくるのが、シャツを通してアラミスに伝わってきた。
「…ねえ。やっぱりもう一度、ぼくのほうから抱き寄せてもいいかな?」
アトスはアラミスを見上げた。
笑っている。
それは、幸せそうな。
「…ははっ! そんなの、あとだ。いつでもできる。おれは起きる」
「え…」
「酒だ、酒! 飲みに行こう」アトスは身を起こすと、うんっとひとつ、伸びをした。
「今から? おっさん、まだ無理だよ」さすがにポルトスが難色を示す。
「こんな時に飲まないで、いつ飲むんだ? ひさびさに三人だぞ」
この言葉に、ポルトスの瞳も輝く。「…いいね!」
アラミスも賛成の意を表明する。「ああ、上々だ!」
その晴れやかな声に、三人は――三人で、笑った。



「ほい、水。のめるかい?」
「う~」
ゆうべ飲み明かして、翌日案の定、アトスの熱は上がってしまった。
「ただいま。隊長には病欠すると言っておいたから。おとなしくしてておくれよ」
勝手知ったるアトスの家。ドアを開けてアラミスが入ってきた。ポルトスはアトスのそばで、額の布を冷たく濡らしたも のにかえてやる。
「隊長、なんか言ってた?」熱で乾いた布を水の張った洗面器に放り込みながら、ポルトスが尋ねる。
「いいや。けれど、こつんと頭をやられた」
「おまえさんの身長で?」「かがんだんだ」
想像したのか、ポルトスもアトスも噴出した。
「アトス! 毛布を肩まで上げて! ずりおちてる」
アラミスはアトスの体を毛布ですっぽり覆った。
「まだ、こんなに熱い…ねまきはこまめに着替えないと」
「今日はおれたち、二人ともついてるから。ゆっくり眠って、養生すること!」
「わるいな…」
「気にすんな」「そうだよ」
部屋の中で、時折ストーブの薪がはぜる音がする。
朦朧とした意識をさまよわせながら、アトスがふと、うわごとのようにつぶやいた。
「…もし、死ぬとしたら…こんな日がいいな」
不吉な台詞にギョッとなって、二人の友人はアトスを見やる。
うとうとと瞼が閉じたり、ひらいたり。
「なに、気弱なこと言ってんだよ、おっさん」
「そしたら…アラミス、おまえに…告解をきいてもらえるかな…って…」
「ああ、昔、坊さん志望だったもんな、きみは」なぜか納得したように、ポルトスは合点したと頷いている。
「ごめんだね」
他愛のない、”もしも”の話なのだからと心を落ち着かせて、アラミスは断った。
「きみの死ぬところなんて、死んでも見たくない」君もだよ、ポルトス。と付け加えるのを忘れない。
「でも、年齢順でいけば…いちばん先は…おれだぜ?」「次は、おれだな」
「じゃあ、その論でいくとぼくがいちばん最後だ。ぼくの告解は誰がきいてくれるんだい?」
「三人いっしょ、ってわけには…いかないかねえ」ポルトスは大まじめに考え始める。
「神様にも、難問だね」アラミスはそれにほほえみを返す。アトスはとろんと天井を見ている。
「こういうのはどうだ?」ポルトスはなにか閃いたらしい。
「ある日、おれたちの前に、四人目があらわれるんだ。そんで、そいつがみんなをまとめてみとってくれる!」
どこのだれかもまだわからない。いるのかどうかさえ、わからない四人目。
たいへんな役目と期待を背負わされた四人目に同情して、だが、アラミスは「そいつはいい!」と声をたてて笑った。
「なぁ、アトス?」
規則正しい、すこやかな息のおと。
「…寝ちゃった?」「らしい」
起こさないように…と、そっと椅子をずらして、二人は少し離れた所からアトスの寝顔を眺める。
「ぼくも…やはり、こんな日がいい」
「なんだ、きみもか」