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彗クロ 1

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 理不尽という単語には、過敏に研ぎ澄まされた殺気が飛んでくる。ここがレグル・フレッツェンのツボだ。事前調査で得た人物像とも一致する。
「加えて被験者の生死によって、さらに複雑な問題が発生します。被験者が死亡している場合、考えうる被験者遺族の対応はおよそ三通り。第一に、レプリカはまったくの赤の他人と割り切るケース。非常に理に適った、最も健全な判断であると考えますが、残念ながら少数派です。第二に、レプリカの死亡を望むケース。これは先に挙げた生前の怨恨に起因するものと、被験者の死の原因をレプリカの誕生に求めたがる被害意識によるものとの二種類があります。後者の実態は、九割方被害妄想ですが」
「ひどい……」
 メティスラヴィリは悲痛に呟き、レグル・フレッツェンはイライラと足を組み替えた。子供たちの感傷を冷静に受け止めつつもジェイドはあえて言及を避け、議題を進めた。本題はここからなのだ。
「そして第三に――これが最も状況を混迷至らしめている要因の一つですが――故人の身代わりとして、レプリカの身柄の引き取りを希望するケースがあります」
「――って、おい、まさかっ!?」
 尊大な態度を一転、レグル・フレッツェンは慌てて腰を浮かせてテーブルを打った。ジェイドはこれも淡々と受け流す。
「あなたの被験者が誰であるのか、今はまだ断定はできません。ですが、疑わしき節がないわけでもありません。たとえばその赤毛であるとか」
 レグル・フレッツェンは途端にぎくりとし、あたふたと髪を隠そうとしたが、方々に跳ねた強烈なくせっ毛が手に負えるはずもなく、しまいには相棒からニット帽を奪い取って無理矢理頭を突っ込む始末であった。愛用品を強奪されたメティスラヴィリは意味を成さない悲鳴を上げると、ソファーの隅で兎のように丸くなってしまった。さめざめと泣き伏す姿は、さながら頭隠して尻隠さずの見本図である。
「……赤、という色は人間の毛髪としてはそもそも希少な色素ですが、レグル君のように鮮やかな色合いとなると、さらに稀です。かくも見事な金色混じりのほむら色は、私も過去一度、類似のものを見たきりです。彼は、キムラスカのとあるやんごとなき血筋に連なる少年でした」
「っ、だからカイツールかよ……!」
「コーラル城と言います。彼の父親が所有する別邸ですよ。遊興目的に使用されなくなって、ずいぶんと久しいようですが」
「お城が別荘……」
 メティスラヴィリが泣くのも忘れて、唖然と室内を見上げた。
 歴史を遡れば、建築時の証文に亡国の王の名が残されているというだけあって、城は古式ゆかしい威厳に満ちている。かつて長きに渡って管理を放棄され魔物が闊歩するまでに荒れ果てていた城内も、先の紛争を契機にキムラスカ王室の手が入れられ、すっかり全盛期の瀟洒な風貌を取り戻していた。
 もっとも、小さな客人たちを一時的に招き入れたこの上部フロアは、コーラル城に課せられた本来の役割にしてみればほんの飾りに過ぎず、貴族趣味の華美な装飾はキムラスカ・ランバルディア王国がその長大な歴史の上に必然とした培ってきた大国の見栄でしかない。この城の真価は、下層部にこそある。
「……そいつがおれの被験者だって、まだ決まったわけじゃねぇんだろ」
 素直な感心をあらわすメティスラヴィリとは対照的に、レグル・フレッツェンの声は固かった。うって変わって手足を縮こめ背を丸め、メティスラヴィリが本来そうしていたようにニット帽を目深に引っ張り下ろしながら心持ち上目遣いになった顔色は、あまり良いとは言えない。
 確かに、とジェイドは頷いて返した。
「現段階ではすべて疑惑の範疇にすぎません。結論は、詳細な検査を行った上で出す必要があります」
「だってのに、キムラスカが横槍突っ込んできたってか? 確定してもいない情報を一方的に被験者側に流すのがテメエらのやり方かよ。レプリカにとっちゃ死活問題だろーがっ」
「ええ、通常はあらかじめ無用なトラブルを避けるため、三国間協定によって設けられた専門機関の厳正な審査を経なければ、レプリカに関する情報が被験者サイドに告知されることは決してありません。面会の可否についても同様に。ですが貴方の場合……言いましたね? レグル君の被験者と思わしき人物は、やんごとなきご身分だったのですよ。残念ながら今も昔も」
「……度が過ぎるっての!」
「ぶっちゃけますと、親の財力とコネクションと国家権力が、彼の最大の武器です」
「キムラスカの王族かよ……最悪……」
 レグル・フレッツェンはこの世の終わりという顔をして、本格的に頭を抱え込んでしまった。先ほどまでものの見事に落ち込んでいたメティスラヴィリが、今度は心配そうに慰め役に回っている。
 自らの被験者が権力者であることを悲嘆するのは、レプリカとして正しい態度だ。オリジナルの培ってきた価値観は、レプリカたちには通用しない。それが自分たちに害なす最たる要因になりかねないことを、彼らは理解しているからだ。……もっとも、弱きを助け強きを挫くを信条とする少年にとっては、もっと単純に自己同一性の危機ということかもしれないが。
「キムラスカはかねてから秘密裏に、レグル君のようなレプリカの存在を捜していました。貴方の出現は三年目の悲願というわけです。今回の一件が判明してから、まさしく疾風迅雷の横槍をねじ込んできましたよ。先方は貴方への面会を希望しています」
「おれを殺すために?」
 静かに場を打った呟きは、あまりにもつよい余韻を残した。
 一拍置いて、メティスラヴィリが悲鳴のなりそこないじみたうめきを上げ、ジェイドは表情筋を極力動かさぬことを全精神力を集中させる必要に駆られた。
「……なぜ、そう思われますか」
「今も昔も、っつった、あんたが。生きてるんだろ、おれの被験者」
 ――是とも否とも。
 自嘲的な少年の呟きに、ジェイドは返すべき答えを持てずに閉口した。
 帽子の下の暗がりに覗ける緑の一対は、とうに落胆を脱ぎ去り、剣呑な輝きを放っている。
「オリジナルはレプリカに死んで欲しがってる、っつった、あんたが。……当人生きてりゃおれなんかお呼びじゃない。連中はなにより血のつながりをオモンジル生き物なんだろ? カトクだのソーゾクだのザイサンブンヨだのであとあと揉めんの泥沼だから、ゲセンノタミにコーキな血が混じるのをいちばん嫌がるんだって、じっちゃん言ってた。まして知らないところで勝手に増やされたコピー遺伝子なんざ、とっとと『処理』してコウコノウレエを断っときたい、てのがヤツらの本音だろ」
「貴方の保護者という方は……」
 肩透かしにも似た安堵を覚え、ジェイドは肩から吐息を落した。その認識は必ずしも誤りではないが、実のところその程度の懸念ならばさしたる問題にもならない。……ただし、違和感はつきまとう。オリジナルがレプリカに吹き込む知識にしては、妙に偏りがあるのが気になった。
「……まるでこの事態を予期していたかのようですね」
「は? 何ソレ」
作品名:彗クロ 1 作家名:朝脱走犯