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卯乃花ことは
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仔羊は迷ってばかり

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ともだちの豹変した姿って、見たことある?
おれって、言っちゃあなんだけど大概のことには驚かない性格だよ。
でもさあ…あれはないよ。不意打ちすぎる。
まあ原因は、おれにある。だけど、あやまらないからね。
かわいい女の子がらみだったらまだよかったって、言えるのかねえ?




   仔羊は迷ってばかり




「ただいまー。あれ、アトスのおっさんとダルは?」
おれは今、トレヴィル隊長んちから帰ってきたとこ。
アラミスはあいかわらず、テーブルの窓側の席に座って聖書かな?を読んでる。
「アトスは噴水広場。ダルタニアンは夕食の買い物」
「ふうん。じゃあ、すぐ帰ってくるかな?」
「そう時間はかからないだろうね」
長身の友人は座高も高い。おれと足して2で割ったらちょうどいいかも。
ガタガタ椅子を鳴らしながら、おれもこいつの向かいに腰かけた。
「ダルの飯、結構、美味いよね」
「ああ」
「おふくろさんに習ったのかな」
「かもね」
「今夜はなにかな」
「さあ」
アラミスは一向に本から目をはなさない。意地になっちゃうぞ。
「…ゆうべ、なんか激しかったみたいだけど」
やっと、本から目を上げた。ふーん、この話題ならのってくるわけね。
「うるさかった?」
「そこまでは。でもさあ、アトスにはきつかったんじゃない? 声殺そうとしてたのはわかったけど、さいごのほう、悲鳴みたいになってた。大丈夫?」
「安眠を妨げたのは、あやまるよ。すまなかった」
「ダルもきづいちゃうよ」
「……がいい」
小さな小さな声。ほとんどききとれなかった。アラミスの表情には変化なし。
健全なる青少年の養育をまかされてるおれたち三人としましては。色事についても多少は教えてやったほうがいいんじゃないかと思ってるわけですが。いきなり男同士というのはいかがなものか。しかも全員、ひとつ屋根の下。
「あのさあ…ちょーっと、ほんの、好奇心なんだけど」
「何?」
「男とするのって、そんなに、イイの?」
アラミスは―目を伏せて、口元だけでにっこり笑った。
「ご想像におまかせするよ」
…手強い。まあ、予想の範囲内の答えだな。テストなら合格点だ。
ズバリ、核心をついてみよう。
「じゃぁさ、…アトスって、そんなに、イイの?」
わー。セクハラおやじ。我ながら。にひひ。
…あれ? 空耳かな。
今、「ぴきっ」て、音がしたような。
バタン!と大きな音をたてて、本が乱暴に閉じられた。アラミスはこっちをにらんでる。
「…よくない」
「へ?」
すっごく、間の抜けた声だったと思う。だってさー。
「ちっとも、よくない! 胸も尻もやわらかくないし、後ろは濡れないし」
そ…そりゃ…女じゃないんだからしかたないんじゃ…。そんな大声で…。
「すぐ、いやだとか、やめろとか! 爪をたてたり、歯でかんだり! こっちが痛い!」
アラミスくーん!? どうしちゃったのー!? と、思うことしばし。
…あ。ピンときた。
これって、おれに対する牽制?
こいつ、おれがアトスに手を出さないよう、わざと悪口並べてる…。
頭のいい奴だと思ってたのに。おれがこう返すとは思わなかったのかね。
「それじゃあ、おれがもらっちゃおっかな」
ぴきぴきって。今度は二回、きこえたぞ。空耳じゃないな、うん。
「アトスのおっさん、ああ見えて色っぽい声出してるし。寝起きの無防備な姿なんか、けっこうグっとくるもんがあるよな」これはアラミスをからかうためじゃなくて本心。念のため。
「ポルトス…」しぼりだすようなって、こういうのだな。
「アトスだって、いやいや抱くやつより、愛情込めて、やさーしく、抱かれたいよなぁ? あ、そういやダルも時々、切なそうな目でおっさんを見つめてたっけ。こりゃあ、うかうかしてらんないな!」
「ポルトス!」今度は声をはりあげたよ。「剣を抜け」あ、静かに言った。…って、え!?
なんですと!?
「ちょっ…、アラミス、まってく」「剣の稽古をしようじゃないか。近頃怠けていたから。うん、それがいい」
ちっとも待つ気はないみたい。
「だが、手元がくるってしまうかも。そのときは…主よ、ゆるしたまえ」
おれじゃなくって神さまにゆるしを乞うのかよ!
「さあ、ポルトス?」やつはもう立ち上って剣を手にして、笑ってる。…笑ってるのに、目が…わらって、ない…。
「いや、さっきのは冗談…ね?」いや、半分本気。とは、口が裂けても言えないこの状況!
「往生際が悪い!」
おれは椅子からとっくに転げ落ち、あとずさりながらドアの前まで追いつめられた。危うし! あわれポルトス、このまま花の生涯を散らせてしまうのか!? この世にさよならを告げたところで、ドアが開いた。
「なにやってんだ?おまえら」
…救いの神よ!
おれを見下ろしてるのはアトスとダルタニアン。二人とも両手いっぱいの荷物を抱えてる。
「やあ、おかえり。二人いっしょだったのか」
すかさず剣をしまって、アラミスの野郎、にこやかに二人に話しかけてやがる。おれの命を風前の灯火にしやがったくせに!
「ああ、ちょうど市場で会ったもんでな。な、ダル?」
おや? アトスの声がいつもよりやわらかい。
「はい。助かりました! 今日は、アトスさんの好きなもの、たくさん作りますよー!」
「そいつぁ楽しみだ」…にこにこしてるよ? アラミスも当然、気がついた。
「なにか…あったのかい?」問い詰めるというんではなく、恐るおそる。
「いや、別に…。美味そうなチェリーが積んであって、おれが好物だって言ったら、ダルが自分の財布から買ってくれたんだ」
お世話になってるプレゼントだとよ!って照れながら、どさどさとテーブルの上に食材を置いていく。 なんだ、食べ物で懐柔されたのか。
赤くなってら。…うん、やっぱしちょっと、かわいいぞ、おっさん。
「うれしいです。喜んでもらえて」えへへと、ダルは素直にはにかんでる。
「ん…その…なんだ。メルシー、ダル」
そう言って、アトスはなんと! ダルのほっぺにチュってした!!
おれたちフランス人。軽いあいさつ、ね? これ。わかるよね? アラミス? アラミスってば―わ。固まっちゃってるよお。
ダルはというと、ぼうっと真っ赤になっちゃって。あ、逃げ出すかな? って思ったら。
「アトスさん! ぼく…ぼく…」
感極まったとばかりに、アトスの首に手をまわし。
くちびるにチューしたー!! チューって音したー!!!
あらら、意外と積極的なのね、きみ。
「あの、こちらこそ、ありがとうございました! じゃ、夕飯まっててくださいね」
プランシェと一緒に台所にかけてった。ってほど、広くない家だけど。
「…なんだあ? びっくりさせやがる…ん、どした? アラミス」
「ダルまで…アトス狙い…」
小さく小さくぶつぶつ言う声が、今度ははっきりきこえちゃった。
アトスのおっさんは、ぺろりと唇を舌で舐めた。赤味がやけに色っぽいじゃん。
決めた。
おれをこわがらせた自分を恨め。
「アトスー。おかえり。ちょっとかがんでくれる?」
「あ? こうでいいのか」
なんの疑問ももってない。罪だねー。この人も。
「ん。そう。では、いただきます」
むちゅう~っとね。
ぴきぴきぴき、って。いけね、三回。でも、やめないもんね。