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愛おしくなったら終わりだよ

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折原臨也は人間が好きだ。愛してすらいる。
それは所謂「個」への愛ではなく、猫が好きだ犬が好きだと言うのと変わらぬ意味での、愛玩若しくは観察対象としての愛であった。
その愛が故に、彼は裏稼業に手を染めた。情報を手に入れ、情報を操り、人を動かす。追い詰められた人間の取る行動がどのようなものか、それを観察するのが彼の唯一の趣味だったのだ。追い詰められた人間というのは時に予想だにしない行動を取る事がある。臨也はそれを見たくて、ただそれだけの理由で数多の他人を玩具にしてきた。


インターネットが普及して、パソコンとネット環境という魔法のランプがあればどんな情報も手に入る。さながら検索サイトはランプの精か。今のこの世の中、情報というものは力であった。
さて、その力を使い臨也は他人を自らの思惑通り動かして来た訳だが、ある時とんでもない失態を犯した。
その失態は説明すると長くなる為割愛するが、端的に言えばその失態というのは、臨也が大手を振って外を歩く事が出来なくなるくらいの痛恨のミスであった。
臨也はそんなミスを犯した自分を心底呪ったが、全ては後の祭り。彼は完全にアンダーグラウンドな世界でしか生きられなくなった。
外を歩く事も出来なくなった彼を、ある製薬会社が目を付けた。臨也の情報網、情報収集の手腕を見込んで仕事をして貰う代わりに匿ってやる、という交換条件を出された。
この時の臨也にはこの申し出は大変に有り難く、どうせ外に出ても自分を探す明日機組、目出井組の人間に命を狙われるだけなのだからと、二つ返事でその製薬会社に身を寄せる事にした。
その製薬会社は矢霧製薬と言い、最近落ち目の企業だった。海外の大企業ネブラに吸収合併されかけているその会社は、裏で家出した人間やら不法滞在の外国人なんかを買い取って実験に使っているらしい。
きな臭いとは思っていたが、裏は黒も黒、真っ黒だったと言う訳だ。今の自分にはこれ程相応しい居場所もないだろう。

矢霧製薬に身を寄せて、早一年。

彼は標的となる人間を、その手腕を用いてピックアップし、「下」の請け負いにその人間の誘拐を依頼する。「奈倉」という名前を使い、ターゲットを誘き出すのだ。自殺サークルなんかで共に逝く人間を募る人間に言葉巧みに近付いて誘き出してやったり、以前協力していた情報屋仲間に協力要請して不法滞在者を捕まえてやったり。
以前は毎月の素体の納品数に酷くばらつきがあったようだが、臨也が身を寄せてからは毎月一定の実験材料を「下」に納品させているので矢霧も臨也を大いに評価していた。
その評価により、関係者以外参加不可であった実験現場に、臨也も足を踏み入れる事を許されるようになる。腐れ縁の闇医者のように人体の解剖などに興味はないが、此処では人間と「人間でないモノ」を研究していた。
その「人間でないモノ」の解剖及び実験は、臨也から見ても大変興味深いもので、いくら切り刻んでも死す事のないそれは、端から見るだけならばただの人間の首だった。
だが、それは「人間」の首ではなく、北欧の妖精デュラハンの持つ生首だったのだ。
それは人間のものではない美貌を持ち、幽鬼じみた美しさを醸し出していた。この首の実験、解剖の責任者、矢霧波江の弟、誠二がこの首にご執心らしく最近良くこの地下研究所に入り浸っているのを良く見掛けるが──

それもまた、臨也にはどうでも良い事であった。

赤みがかった瞳で切り刻まれる首を眺めていた臨也は、白衣を翻して解剖室を出た。
この研究所にいる者は白衣着用が義務となっており、情報担当の臨也もそれは例外でなかった。割り当てられた自分の執務室に戻った臨也は、今日もまた課せられた己の仕事を淡々とこなす。
リストアップされた素体候補を絞り、「下」へ彼等を納品せよと指令を出す。
いつもと代わり映えのしない、その作業をいつも通りにこなそうとした時、「それ」が目に入った。

(あれ、この子…確か、)

リストアップされた人間の中に、聞いた覚えのある名前が混じっていた。
写真も共に載せられたそのリストを開いてみれば、平凡な少年の写真が写し出される。
外見こそ平凡だが、その仰々しい名前が臨也の脳裏にいつまでも残っていた為、臨也はこの少年の事を覚えていた。
尤も、名前の印象だけでこの少年を記憶し続けていた訳ではないのだが。

(竜ヶ峰帝人、池袋に来てたのか)

竜ヶ峰帝人という名のその少年は、元々は埼玉に住んでいた筈なのだが、何らかの理由でどうやら上京してきたようだった。
年齢から察するに、高校進学と共に上京というのが最も妥当だろう。

「ダラーズの創始者様が池袋に、ねえ…。偶然か、或いは必然か」

ダラーズ。
池袋を根城とする無色透明なカラーギャング。それを創り上げたのは、この少年であった。
厳密に言えば、この少年とあと数人いた筈なのだが、事実上創始者と呼べる人間は竜ヶ峰帝人、彼一人しか最早存在しなかった。

(他の言い出しっぺの奴らはとっくに尻尾巻いて逃げ出したのに、よくもまあ残り続けたものだ)

元々は架空のチームを作り、あたかもそれが実在しているかのように振る舞うという子供のような遊びに過ぎなかった。
それが何時しか実体化し、独り歩きを始めた時、チームの創始者と呼べる者達は自らの手を離れ歩き出したその存在に恐怖し、一人、また一人と去っていった。
だが、それでも残り続けた創始者の一人がこの冴えない少年なのだ。
見た目こそ平凡だが、その内に得体の知れない何かを飼っているに違いない。

(何かを求めて、君はダラーズを管理し続けているのかな)

架空のチームをここまで巨大化させたのは、噂と、噂を──情報を操る臨也だ。
人を集めてあわよくば利用してやろうと思っていた。だが。

「……決めた」

カタカタカタとキーボードを叩く。流れるような指捌きは流石情報屋だ。ターゲットを決めて、「下」の奴らに指示を出す。
その流れを今、実行した。

「送信…と。さて、早く君と話をしてみたいな。竜ヶ峰帝人君」

そう言ってPCの電源を落とした臨也の口元には、酷薄な笑みが浮かんでいた。