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愛おしくなったら終わりだよ

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数日後。
臨也の出した指示通りに「下」はあの少年を誘拐してきた。
リストの文面通りならば、彼は一人暮らしだ。数日いなくなったところで大きく騒ぐ者はいないだろう。

臨也は彼が監禁されている部屋へと足を運ぶ途中だった。カツリカツリと床を靴の踵が打ち付ける音が谺するが、今はそんな事に構ってなどいられない。
とにかく、早く彼に会って言葉を交えたかった。

(どんな言葉を、どんな声音で語るんだろう)

これは、興味だ。
「個人」という人間に対する興味。不特定多数ではなく、竜ヶ峰帝人個人に対する興味。

(……興味。ああそうだ。これは興味って言うんだ。俺にとって個人という存在は「人間」という、とても大きな存在からしたら興味を持つべき対象なんかじゃないのに)

何故、彼にこんなにも興味を抱いているのかが解らない。
思案しながら歩き続けていると、彼を閉じ込めている部屋の前へと辿り着いていた。
まだ気を失っているのか、或いは茫然自失状態なのか、部屋の中から喚き散らしたり暴れたりしている音は聞こえない。

(さて、と)

用意していた鍵を使い扉を開ける。カード型のそれは、ICチップを内蔵しているタイプの為機械に触れただけで鍵が開くものだ。
鍵が完全に開錠されたのを確認し、重々しい扉をゆっくりと開いた。
中には簡素なベッドと、用を足す為のトイレしか存在せず、まるで何処ぞの刑務所のようだった。
目的の少年は、ベッドの上に腰掛けてただ茫洋と宙を眺め続けている。…無理もない。誘拐、拉致、監禁と見舞われれば流石に自分の状況を理解したくはないだろう。

「竜ヶ峰帝人君?」
「…………は、い」

臨也が少年の名前を呼べば、我に返った少年は律儀にも返事を返してくれた。
ただ、やはり力のない声ではあるが。

「今の自分の状況、解る?」
「…誘拐されて、拉致、監禁されている、んでしょうか」
「正解。因みに…君を誘拐して此処に連れて来るよう指示したのは俺だよ」

臨也は人の良さそうな笑みを崩さないまま、あたかも世間話をしているような穏やかな声音で告げる。帝人はその言葉に数瞬の間、驚愕していた様だったが、それはすぐに元の表情に戻ってしまった。

「あれ、もっと驚くかと思ったんだけどな」
「十分驚きました。…どうして、貴方が僕を誘拐するんですか?見ず知らずの僕なんかを誘拐しても、貴方にメリットなんかないじゃないですか」
「見ず知らず?…違うよ竜ヶ峰帝人君。いや、田中太郎君?」
「……!」

田中太郎というのは帝人のネット上のハンドルネームだ。臨也はダラーズの創始者であるこの少年を監視しようとして、一時期彼とチャットで交流していた事があった。
明日機組と目出井組から追われるようになってからは、何処から足が付くか解らなかった為、用心してそのチャットは閉鎖し、彼との交流も無くなってしまったのだ。

「君と実際に会うのは初めてだけど、一年前まで毎日のようにチャットしてたんだよ、俺達は」
「…甘楽、さん?」
「はい、ピンポン大正解!その名前も久々だなあ」
「うそ、でしょう…甘楽さんて女性だとばっかり…」
「思ってた?ざあんねん!騙されてくれて嬉しいよ!俺のネカマっぷりも捨てたもんじゃないみたいだね。ああ、やっぱり人間との会話は楽しいなあ!ここの奴らは研究ばっかりでほんとつまらなくてさ」

腹を抱えて、愉快で仕方ないと言った風に笑い続ける臨也を、帝人は冷めた眼差しで睨みつける。
その眼差しすら、今の臨也には心地好いものでしかなく。
長らく接する事の出来なかった人間との交流が、臨也を昂揚させていた。