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愛おしくなったら終わりだよ

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「……わかりました。協力しましょう」
「懸命な決断、ありがとう。それじゃ、善は急げだ。すぐに決行させて貰うよ」
「いきなりですか!?」

まさか直ぐ様行動に移すとは思っていなかったらしい帝人は目を丸くして慌てふためいた。
それを気分良く眺めながら、臨也は帝人の拘束を解き、この部屋を訪れる前に奪還した帝人の手荷物を彼に返した。
手荷物と言っても財布と携帯電話くらいしかなかったので、保管場所からくすねるのも容易かったのだが。

「ありがとうございます」
「それじゃ、行こうか。準備はしてあるから、わりと簡単に出られると思うよ」

そう言って臨也は帝人に手を差し延べる。帝人は恐る恐るその手を取って、力無く握った。

帝人の手は、少し冷たかった。臨也の手も、冷たかった。
冷えた二人の手は、少しずつその体温を分け与え合って温まり始める。

(……あったかい。子供の手だな、やっぱり)

繋がれた手をちらりと見遣る。先程までダラーズの創始者として振る舞っていた帝人の手は、安堵した為なのか、未だに緊張しているのか判らないが、微かに震えていた。

「…もしかして、怖かった?」
「っ、怖くない訳ないじゃないですか…!誘拐されて監禁されて、知らない人にダラーズの創始者だってバレてると思ったら甘楽さんだし、もう色んな事で頭ぐちゃぐちゃなんですよ!」
「うーん、正論だ。俺の事も、怖い?」
「……怖く、ないです。会うのは初めてですけど、貴方は甘楽さんだから…初めてって感じ、しませんし」
「そう。なら良かった」

訥訥と語る帝人の手を引いて、臨也は研究所内を歩く。
空いた片手は自分の携帯電話を操り、研究所内のシステムに仕掛けたトラップを作動させる。
トラップと言っても簡単なものだ。適当な空き部屋と倉庫の数ヶ所で、火災が起きたとシステムに誤認させて騒ぎを起こす、というものだ。実際に火災を起こしている訳ではないので、火が広がって己も巻き込まれるという事もない。

何から何まで用意周到。それが折原臨也という男だった。

「あの、甘楽さん」
「それ、ハンドルだからあんまりそれで呼んで欲しくないなあ。…って、まだ俺の名前教えてなかったっけ」
「はい…」
「ああ、ゴメン。俺はね、折原臨也。まあ…好きに呼ぶと良いんじゃない?」
「はあ…」

歩を進めていると、研究所内に警告音が響き渡り始めた。
臨也の仕掛けたトラップがしっかり作動したという事なのだろう。

「さて、急ごうか。走るけど平気?」
「だ、大丈夫ですっ……たぶん…」
「ま、今だけだから頑張って走ってよ。共倒れは御免だよ」

皮肉げに笑いながら臨也は駆け出す。…帝人の手を引いたまま。
気付いているのか、気付いていないのか、臨也はその手を離さない。離そうとすらしない。
帝人もまた、臨也の手を解こうとはしなかった。
ただ、この手を繋げていたい。そう思っていた。

そうして二人は研究所の通路を駆けて行く。狭くはない研究所の中を無言で駆けた。



愛おしくなったら終わりだという自身の言葉を否定するかのように、帝人の手を握ったまま臨也は走る。

もう疾うに、己の存在意義が揺らいでいる事など気付かずに。








愛おしくなったら終わりだよ








───「人間」に向いていた愛情が、彼という個人に向いて、俺も彼もただじゃ済まなくなるだろうから。






そうして二人は研究所を出る事に成功した。
その後の二人の関係がどうなったかは、彼等にしかきっと判らない。