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愛おしくなったら終わりだよ

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「さて、竜ヶ峰帝人君」

笑いを収めた臨也は至極真面目そうな顔をして本来の目的を帝人に語りかけた。
つい先刻まで大笑いしていたとは思えないその豹変っぷりに、帝人は薄ら寒いものを背中に感じたが、それを気取られてはいけないと直感的に感じた為、極々普通を装って臨也の言葉に応じる。

「何でしょうか」
「君は何故ダラーズにしがみついているの?」

瞬間。
帝人の目の色が変わった。纏う空気の色が一息に冷めた。
それは臨也の気のせいでも何でもなく、豹変、という言葉が相応しいくらいの変化だった。

(っ、ああ、これは本物だ…!)

「何故、貴方がそれを知っているんですか」
「俺は今でこそこんな所にいるけれどね、元は新宿や池袋を主体に活動してた情報屋なんだよ」
「池袋…成る程、そう言う事ですか。貴方は、──私と話をしたかっただけなんですね」

臨也の背筋を、悪寒めいたものが走った。
──何だ、この少年は。
得体が知れない。奥が読めない。底が見えない。
臨也が人間に対してそんな感情を抱いたのは初めてだった。
深い、深い、澱みは全く無いのに辺りを見回す事も出来ない水底のような、得体の知れなさ。そんなイメージがピタリと当て嵌まる。それが今、豹変した竜ヶ峰帝人に抱いた臨也のイメージだった。

「…そうだよ。ダラーズの噂を嗅ぎ付けて、俺はあわよくばダラーズを利用してやろうと思って、君の事を調べあげた。そしてチャットに誘って交流してた訳だけど」
「…貴方は、私が池袋にやって来た事を知って、私を誘拐するように指示をした…という感じでしょうか」
「大正解。君、鈍そうな割に頭の回転早いよね」
「褒めてるんだか貶しているんだかわかりませんね」
「褒めてるのさ」

冷ややかな空気の中、温度差すら感じる言葉の応酬は続く。
その応酬の中、臨也は帝人に対する印象を180度反転させた。

(この子は──面白い!)

普通。先程までは、そう。普通だった。
それが、ダラーズの話を持ち出した瞬間、彼は豹変した。あくまでも自然に。
彼が普通を装っている訳でも、創始者らしく演じている訳でもなく、彼はあくまで彼のまま、豹変したのだ。
互いを存在させ合う多面性。それを彼は持ち合わせていた。
それを持ち得る人間はそうはいない。だから臨也はこの少年の事を気に入った。
気に入って、しまった。

(…俺が個人に対してここまでの興味を持つなんて、ね。これもまた、彼という「人間」に対する愛なのかねえ…)

帝人への興味は、あくまで己の主張する人間愛の一つだと、臨也は考える。

(そう。これはまだ、興味。興味の範疇だ)

そう自分に言い聞かせる時点で、それはもう既に興味という枠を飛び出しているという事を、臨也は気付かない。気付けない。

(愛おしくなったら終わりだよ。俺という人間の、存在意義も何もかも)

だが、此処から共に逃げるくらいは良いのかも知れない。臨也は思う。
帝人は臨也の協力がなければ此処から脱走する事など出来ないだろうし、臨也もまたダラーズの「数」という力を利用でもしなければ、逃げ切る事は難しいだろう。矢霧製薬の連中はどうにか出来ても、自分を捜しているであろう極道の人間達をどうにかするのは己一人では難しい。

(利害は完全に一致している。あとは…この子が、ダラーズを利用してくれるか、だな)

「あのさ、竜ヶ峰君。…此処から出たい?」
「それは勿論に決まっているじゃないですか。誰も好き好んで自分を監禁している所になんて居続けたくないです」
「ま、そりゃそうだ。じゃあさ、俺に協力してよ。…いや、俺と、協力しようよ」

意味深に囁く臨也の言葉に帝人は目を細めた。臨也の言葉の意味する所は、つまり。

「…ダラーズを、利用しろ、って事ですか」
「そう。君は、俺の協力なしじゃ此処を出られない。俺も、まあ色々と厄介な人間に狙われていてね、大手を振って往来を歩けない訳さ。そこで、ダラーズだ。敢えてその連中に俺は姿を晒して、狙わせる。そこにダラーズの『数』という力を利用して、そいつらを煙に巻く。その間に俺と君は高飛び。どう?」

(果たしてそこまで上手く行くか)

ダラーズの人間に、下手に目出井組と明日機組の人間に手を出させる訳にもいかないと臨也は考えていた。
相手は本職。対するダラーズは烏合の衆だ。下手に手を出してしまえば、ダラーズなどいとも容易く解体させられてしまう危険がある。それはどうしても避けたかった。

(今後も利用価値がありそうだし、ね。潰させる訳にはいかない。まあ…尤も、ダラーズに所属している人間の凡そ半分が一般人だから、あちらさんも下手に手出し出来はしないだろうけどねえ…)