無垢な毒
謙也の優しさに付け入るのは心苦しかったが、好きな女の子が親友の白石と付き合っていると知れば、彼が身を引くのは確実だった。
『大事にしたげてな』
自分が悪いことをしているとは思わなかった。しかし付き合っていることを報告した時の謙也の無理に作った笑顔と声だけは、脳裏に焼きついて離れなくて、胸の真ん中を深く抉った。毎晩毎晩、真っ暗な部屋で泣きたくなった。
しかし、どんなことをしてでも謙也を奪られたくなかった。ばかみたいな独占欲をどうしても抑えられなかった。
「ホンマ、最低や! はよ出てけ! アホ! ホモ!」
顔面目掛けて飛んできた枕を左腕で受け、続けて彼女に背をぐいぐい押され部屋を追い出された。したたかに閉められたドアの向こうから彼女の嗚咽が聞こえたが、何も心に響いてはこなかった。
(疲れた。ケンヤの声が聞きたい。せや、今日電話してへんやん。帰ったら電話しよう)
白石は部屋のドアを軽くノックした。泣き声がぴたりと止む。
「帰るから、玄関、鍵閉めときや。ほな、おやすみ」
白石はドアを離れた。先程より嗚咽がひどくなったが、やはり何も感じることはなく、歩き慣れない階段を降りた。