無垢な毒
――忍足謙也。
「なんでそんなに謙也くんと話さなあかんの? あたしには電話くれたことなんかないやん。あたしから電話かけても出てくれへんか、出ても忙しいからとか言うてすぐ切るし!」
「……落ち着きや」
白石は彼女の手から携帯を奪い返すと、尻のポケットに突っ込んだ。そして彼女の両手を抑え込んで、ベッドの縁へ座らせた。
「蔵、」
身を寄せ合うように座り、彼女の手を両手で包み込んだ。冷たい手だった。
「ヤキモチ?」
彼女は赤く染めた顔を俯けた。
「……ちっちゃくて、やわくて、白くて、かわええ手やなあ」
機嫌が治り始めたらしい彼女ははにかんだ笑みを浮かべる。視界の端でそれがわかったが、見ないふりをしてその手を撫で続ける。
「でも何か、違うなあ。あいつの手はもっと大きくて、骨張っとって、まめもあって……」
彼女の表情は一転、眉をひそめて白石を見た。まあ、当然だろう。わけがわからないとでも言いたげな顔を見ないふりで手に視線を落としたまま、指の先から手首まで撫で続ける。
頭に思い浮かべている相手の手なんて、妄想の中でしかこんなに触ったことはない。でも全然違う、とおかしな確信を抱きながら撫で続ける。
やがて撫でるのをやめた白石は彼女の頬に指先だけで触れた。指は緩やかな曲線をなぞり、顎でぴたりと止まった。くいと彼女の顔を持ち上げ、自らの顔を近づける。彼女がどんな顔をしているかはわからない。彼女のやわらかな頬に触れた瞬間から、目を閉じてしまったからだ。
「……君の顔見て触っても何っにも感じひんけど、あいつやと思ったら……勃つわ」
ますます彼女との距離を詰める。唇に吐息がかかる。ああ、温い。頭の中で彼は恥ずかしそうな困ったような表情で白石を見つめ、薄く開いた唇から熱い吐息を吐き出した。たまらない。
「……ケンヤ……」
――パン!
乾いた音が響くと同時に、頬に強い衝撃が走った。後から後からじんじんと痛みが強くなる。
白石は叩かれた頬を指先で触れながら彼女を見た。
「……何であたしのこと好きとか言うたんよ!」
「……やって、君、俺と付き合わへんかったら、ケンヤと付き合うてたやろ」
「はあっ!?」
目的は果たした。
謙也が彼女に想いを伝える前に、彼女を引き離すこと。