タイトルなし
「……痛いです、マスター……」
赤くなった頬をさすりながら、涙目で床に座り込んでいる男に、息を荒げながら距離を取った。
先程までパソコンの画面に映っていた姿そのままの男が、目の前でリアルな質感を持ってそこにいる。
パッケージと同じ姿をし、声もスピーカーから聞こえた物と全く同じ。ただ一つ違うのは、その姿はどうみても人間だった。
「……画面から出てくるって、ありえないだろ」
「取扱い説明書に書いてあります……」
俺の呟きに泣きそうな声でいう男は、腫れてきた頬を気にしつつ、悲しげな表情で見上げる。
「……カイト、なんだよな?」
「はい」
パッケージを指差しつつ、そう問いかけると、こくりと頷いた。
「……他のボーカロイドも、同じように出てくるのか?」
「そうです」
当然のように頷く男――カイトに、他のボーカロイドを思い出して死ぬほど後悔する。確か色っぽい女性型のボーカロイドがいたはずだ。
「人に聞かずにMEIKOにしとけばよかった……」
「僕じゃ……ダメですか?」
「実体化するなら、女がいいに決まって……」
そこまで言って、思わず口をつぐんだ。
目の前のカイトの泣きそうな顔を、見てしまったからだ。
うなだれて、声を震わせる姿は、悲壮感を漂わせていた。
「男で……ごめんなさい。変えるなら僕をアンインストールしてください……」
「……アンインストールしたらお前はどうなる?」
「……」
思わず聞き返したものの、それに答えないカイトに、ボーカロイドは単なるパソコンソフト、というわけじゃないのだろう。
溜め息を吐いて、とりあえず肩を震わせているカイトの頭にぽん、と手を置く。
「よくわからんけど……買っちまったし、そう簡単に捨てないから。とりあえず、泣くな」
そう言いながら、頭を撫でてやると、サラサラの髪が心地よかった。
「マスター……っ」
「ぐっ?」
まだ涙が浮かんだままの瞳はもう喜びに溢れ、笑顔で思いっきり抱きついてきたカイトは。
その細身な見た目とは裏腹に強靭な力で俺を抱きしめた。