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バールのようなもの
バールのようなもの
novelistID. 4983
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月下甘藍

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出来たてのスープをお椀に移す。
鍋一杯に入れたキャベツは、火を通すと随分かさが減った。最初は食べきれるか心配だったけれど、スープボウルに全て納まってしまった。

萎れたキャベツの葉を箸でつまみ上げる。刻んで火を通したそれは、丸い玉だった時とまるで姿が変わっている。
(気が付くと、僕は…人間の姿になっていたんですよ!)
頭に浮かびそうになった縁の顔を振り払う。
ためらう手を無理矢理持ち上げて、箸を口に運んだ。

…味見をした時より、やけにしょっぱい。火が通す程度にしか煮ていないのに、長い時間煮詰めたような味がした。ショックで舌までおかしくなったのだろうか。

そういえば縁と出会ったあの日も、家に連れてきてスープを振る舞ったんだった。
(これ、緑さんが作ったんですか?僕、こんな美味しいもの、初めて食べました。余り物の寄せ集め?なら、ますます凄いや!)
…何をしても、部屋のどこを見ても縁のことを思い出す。
私は縁に全てを教えた。そのせいで、全ての物事は縁と結び付いてしまった。
(緑さん)
(緑さん、おはようございます)
(おかえりなさい、緑さん)
違う。これは、単なる思い出じゃない。
(緑さん。これ、何をするための道具ですか?)
(ありがとうございます、緑さん!)
すぐそばで語りかけられているように、はっきりと縁の声が聞こえる。目を閉じれば、縁の姿が見える。
咀嚼したキャベツを飲み込むと、それらは全て消えた。一人きりの部屋に冷蔵庫のモーター音が響いた。

このキャベツを食べている間だけ、縁がそこにいる。

「まさか」という理性を直感が上回った。このキャベツは縁だ。葉の組織が口の中で壊れる度に、縁の記憶が、思い出が溢れだす。
(緑さん、この「パソコン」ってどんな道具なんですか?…「誰でも簡単に音楽や映画を楽しんだり、旅行の思い出をまとめることができる道具」?…よく分からないけどすごいものなんですね!)
(これが「マラカス」?…振ると音がします。中に何か粒のようなものが入っているんですね。で、これはどんな道具なんですか?)
手が止まらず、夢中でお椀の中身を掻き込んだ。
いやだ。縁、消えないで。私の前からいなくならないで。ずっと、いつまでも一緒にいて。
(緑さん、目から水が出ていますよ!?…「涙」っていうんですか?「泣く」…?泣かないで下さい、緑さん。あなたが泣いているのを見てると、何故か悲しくなってくるんです)
頬を伝った涙が口の端から入り込んだ。スープと、スープと同じ味の涙が舌の上で混ざり合った。
(あなたといると、胸が苦しくて、でもとても幸せで…どうにかなっちゃいそうになるんです。緑さん、これは…この気持ちは、人間でいうところの何なんでしょうか?)
お椀の中身は減っていく。
最後に残ったのは、キャベツの真ん中の、小さくて柔らかな葉だった。
(ありがとう)
口に含み、私は異変に手を止めた。
その葉だけ蜂蜜に漬けたように、喉が焼けるほど甘かった。

(大好きでした)

飲み込んだ瞬間聞こえたのは、縁が消える間際の言葉だった。





それきり、いくら待っても縁の声は聞こえなかった。
白みはじめた窓の外から、微かに鳥の羽ばたく音がした。
作品名:月下甘藍 作家名:バールのようなもの