月下甘藍
「縁…?」
そこには誰もいなかった。縁も、他の人間も。
ただ、ぽつんとキャベツだけが置いてあった。
外側の葉を剥いて真っ二つに切られた、スーパーに売られているような小ぶりの丸いキャベツ。きれいな断面には、みっしりと葉が集まっている。
拾い上げようとして、キャベツの上に一枚のカードが載っているのに気が付いた。
市松模様のカードを裏返す。そこには真っ黒なインクで文字が書かれていた。
『緑 様
世界で一番悲しいキャベツを作って下さってありがとうございました。
貴女のお陰でとてもよい出来になりました。
お礼に半分お裾分けします。』
差出人の名前はなかったが、縁でないことは確かだった。ペンの使い方を知って間もない彼は、ここまで綺麗な字を書けない。
私以外の誰かが読んでも、意味不明な文章だろう。しかし私には「世界で一番悲しいキャベツ」が縁のことにしか思えなかった。
このキャベツが縁だというのだろうか。
あり得ない。誰かの…こんな悪趣味なことをされるような心当たりはないけど、とにかく誰かの悪戯だろう。
でも、もしもこれが本当に縁だったら。
これを生ゴミと一瞬に捨てられるだろうか。
それとも、腐っていくのを黙って見ていられるだろうか。
それとも。
キャベツを両手で持ち上げる。その表面は思ったよりも温かかった。