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この腕

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 ネロの腕





「父さん、右手、みぎ、て、が、おれの、おれ、みぎてが、とうさん、とうさん、とう、さ」
 見開いた瞳は真っ直ぐバージルへ向けられ、伸ばされる左手は空をきる。それは痛々しい主張だった。
 スラムの一角、血まみれのコンクリート、欠けた改造剣、転がる一丁の銃、血だまりの中へ沈むように横たわった青年。
「おれの、みぎて、どこ、どこ」
 青年の右腕は在るべき箇所より失われていた。そこだけ、ぽっかり、身体のパーツが足りない。在るのはただ、肩口から滲み出し続ける真赤な血液のみだ。
 どこ、どこ。虚ろな瞳をこれでもかと見開いて、もがいて、青年は己の右腕を探る。しかし探れども探れども、彼の右腕は見つからない。
「……奴らに持って行かれたか」
 とうさん、と呼ばれ続けるバージルは青年を横向きに抱きかかえてひとりごちる。その様はひどく冷静で、彼の脚がコートが血だまりに浸され赤く染まろうとも変わりそうにない。
「そうなんだ、やつらが、おれの、みぎ、うで、盗ってった、ひねって、ちぎって、切って、血、血が」
 血が、血が、生臭い、ヒトの血が香る。青年には人間の血も悪魔の血も通っていたけれど、今に限っては人間の側のにおいばかりがぷんと強く漂っていた。いち早くこれに感づいたバージルは眉間に寄らせた皺を深くして言う。
「お前の中の魔は持って行かれた。大部分が失われた、恐らく。しかし一応は死なずに済んだのだから、血に感謝するんだな。お前はまだ、強い」
 刺々しい言葉でありながらも、含まれた優しさの度合いは世間一般に言う親から子へのそれ。あるいは、世間一般以上の異常なまでのものだった。バージルに宿る眼光が物語る。揺らめく淡い、青色。青い、炎。




作品名:この腕 作家名:みしま