この腕
バージルの腕
バージルが連れ帰ったネロは、ネロであってネロでなかった。確かにネロなのだ。けれども欠けている。右腕が。
「派手にやったなァ」
「笑い話で済めばどんなに良かったか」
右腕を持って行かれた、とだけ告げて事務所へ入ってきたバージルが辛いだろうにと思って作ったダンディな笑みもひと睨みされて引っ込める。辛いなんて感情はもう、とっくのとうに通り越えてその先を抱いてしまっている、そうらしかった。
「笑い話、ね」
靴音どころか布擦れの音すらたてずに歩くバージルも、バージルのくすんだ空色のコートにくるまれた血まみれのネロも、笑える状況でないことは明らか。気が狂って違えてでもいない限り、だけれど。
そしてバージルとネロは今もこれからずっと先になったってきっと、この一件に関しては唇を引き結ぶだろう、ふたりしてそっくりに。賭けてもいい。なんだかんだで似通った部分が多いのだ、親子ゆえに。
「笑うなら笑え。俺とネロの抱えた問題をお前がどう思おうとそれは勝手だからな。ただし」
抱えたネロをソファへ横たえるとともに言葉を切る。続きを促せば俺と全く同じはずの色の瞳がおかしな光をはらんでこちらを見て言う。
「お前の臓物は残らず抉り出される」
息が詰まる。見覚えのない兄の姿。予感。善からぬ予感。
「俺が閻魔刀で皮膚を裂き肉を斬ったなら、ネロは腕で心臓を掴み上げる」
文字通りの血祭りだ、肺も潰して腸も引き摺り出そう、何、食人趣味はない。
目の前の唇だけで笑う男はバージルでも兄でもなんでもない、悪魔だった。