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月光花

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 彼に対する同情だというのだろうか。天賦の才と整った容姿を神から与えられながら、貴族と平民の間に生まれたがゆえに苦悩するストレイボウに、王女として単なる憐憫を抱いていると。そんな声が女官室からささやかれていた。
 アリシアには、わからなかった。ストレイボウと自分はは幼いころからの間柄だが、自分は彼に対して平等に接しているつもりだった。臣民としてではなく、ひとりの人間として。そして……男性として。



 やがて、ストレイボウとの逢瀬も減った。父王らの計らいや、アリシアとストレイボウ双方の多忙が原因である。
 年月が経ち、アリシアは19になった。かつてささやかれていたように、牡丹のような年相応の美しさを持ち、控えめな「次期王妃」と成長していた。年頃となった彼女には諸国からの縁談が後を絶たない。しかし、アリシアはそれをことごとく断り続ける。頭を抱えた父王が計画したのが、ルクレチア全土から戦士を募っての御前試合であった。これの優勝者にアリシアと縁組を結ばせる算段である。

 ここでもまた、アリシアとストレイボウとオルステッドは再会をすることになる。
 だがアリシアは知っていた。ストレイボウが決してオルステッドに勝つことはできぬと。万一でもストレイボウが優勝することを防ぐために、事前に魔力を抑える結界が会場に張られていた。
 オルステッドは初めから許婚候補のひとりとして挙げられていた存在である。大貴族で血筋もたしかであり、戦のときにも兵士を奮い立たせ、また自ら剣を振るうことのできる実力の持ち主だ。
 彼ならば、まったく知らぬ仲ではない。どこの誰かも知らぬ諸侯と結婚させられるよりは……とアリシアはこれを了承した。せざるを得なかった。

 魔力を抑える結界のため、出場した魔術師たちは次々と敗北していたが、それでもただひとりストレイボウは勝ち進んでいた。彼のアリシアへの想いは変わっていなかった。悪魔に魅入られたような表情で、相手を倒していく。
 だがアリシアは恐れおののく。ストレイボウが流す血が、まるで自ら流したように痛い。彼の痛みが我が痛みのように感じられる。こんな思いをさせるために、彼を愛したわけじゃない。
 ――逃げて! ストレイボウ、逃げて!
 心の中で、精一杯にアリシアは叫ぶ。ストレイボウが優勝に漕ぎ着けたとしても、アリシアとの婚姻はあり得ないのだ。ストレイボウが平民の血を引く限り、正式な婚姻などは……。
 
 試合の一日目の日程が終わり、ストレイボウ、オルステッド両者とも勝ち残った。
 夜、そっと部屋を抜け出したアリシアは、木に寄りかかってひとり傷を癒す魔術を使っているストレイボウを目にした。慌てて、彼の元へ駆け寄る。
「だいじょうぶですか……?」
 ストレイボウがアリシアを向いた。
「……アリシア」
「こんな大会になど、出ることはなかったのです。こんな……ばかげた大会……!」
 傷にほつれたストレイボウに抱きつくと、彼に強く抱きしめ返され、くちびるを交わされる。
 あまりに突然のことにアリシアは言葉を失った。
「……俺の、最後のチャンスなんだ。キミへも、オルステッドへも……」
 初めての感覚に戸惑い震えるアリシアを、ストレイボウはやさしく抱きしめ直し、続ける。
「突然ですまなかった。ただ、もう、キミに会えない気がしていたから」
「会えない……なんて、そんなこと、言わないで……」
 ぽろぽろと、王女のまなこから涙がこぼれ落ちた。
 紛れもなくこれが最後の逢瀬となろう。痛いまでに胸が、全身が疼いていた。

 翌日、試合はオルステッドが順調に勝ち続け、一方のストレイボウも辛勝ながら駒を進める。もはや参加した魔術師はストレイボウを除き全員が敗北していたにも関わらずのこの状況に、アリシアの横の父王や大臣などは内心穏やかではない様子だった。
 そして決勝に残ったのは、オルステッドとストレイボウの両者となる。
 元々実力の伯仲していたオルステッドとストレイボウだったが、くだんの結界のため軍配はオルステッドに上がった。
「――近寄るな!」
 オルステッドに手を差し出されたストレイボウが、血相を変えて叫んだ。だがそれも一瞬のことで、すぐに落ち着きを取り戻し、静かに立ち上がった。

 それまであえてストレイボウを見ぬようにつとめていたアリシアだったが、ついに彼に目を向けてしまう。
 そこに、光はなかった。

――

「誰よりも、あなたを信じます」
 宴を抜け出し、月明かりの下アリシアはオルステッド――「彼」の親友に告げる。目の前にいるのが彼でない限り、それは偽りになるのかもしれなかった。しかし、決められた美辞麗句で自分を包み隠す、それが王女の役割だと教えられていた。その教えどおりアリシアは振る舞うに過ぎない。
 オルステッドの、太陽のように万人を明るく照らす輝きはアリシアも嫌いではない。だが、小さいながらもわずかな輝きを放つ慎ましい月に、ずっと焦がれていた。

 月から光を奪った太陽……。もう、彼も、自分も、だめなのだと、アリシアはオルステッドに笑いかけながら思っていた。

 だが、アリシアが知ることはない。オルステッドもまた、アリシアを10年近く想い続けてきたことを。月が太陽の光なくしては輝くことができないことを。
「姫……これからも、お守りいたします。愛しております……」
 ふたりは、月の光に照らされながら、口付けを交わす。その光景はさながら、童話の結末するシーンのようであった。

 庭園の牡丹が、ひとひら散った。
(了)
作品名:月光花 作家名: