月光花
その後も王女と魔術師のひそやかな逢瀬は続いた。
会えぬ日中はアリシアがストレイボウの訓練する風景を窓から見つめていた。ストレイボウは余暇があれば中庭でオルステッドといつも訓練を行なっている。「オルステッドにつき合わされている」と本人は言っていたが、ストレイボウ自身も強くなることへの向上心がないわけではない。ストレイボウは魔法学校を主席で卒業した賢才の持ち主だが、それに甘んじることはなかった。魔術は剣より有利なはずだというのに、オルステッドが彼をも超える剣の腕を有していたためだ。
幼少のころ故あって大貴族のオルステッドの家に引き取られたストレイボウは、あまり口にはしないもののオルステッドに対してかすかな劣等感を抱いている。時折ぽつりとこぼされるそれにアリシアは心痛めた。
幼いあのころは三人が三人ともそんなことは気に留めていなかった。だが、まずストレイボウ自身が気付き、アリシアが気付いた。いずれオルステッドも気付くだろう。――気付かずにおれば幸せに生きられたであろうに。アリシアは思う。「好き」と「嫌い」の二択で人間を分けられれば面倒なこともない。自分たちがいずれその綻びによって崩壊するのではと思うとアリシアはひどくおびえた。
逢引をする日々が続いていたが、中庭にオルステッドとストレイボウの姿は見えなくなっていた。ストレイボウが場所を変えたのだろうか。
このところ彼は自分の行動に咎を抱いているようだった。大国ルクレチアの第一王位継承者であるアリシアと密会することは、到底ゆるされるようなものではない。まして以前のような子どもではないのだ。王宮に仕える近衛師団の一員が主たる王女と通じていることが知られれば、ストレイボウは即刻除名である。だがそれでも十五のアリシアは想いをとどめることができない。
アリシアはストレイボウが所属している近衛魔術師団の団長に彼のいどころを聞くことにしたが、直属の女官から制止された。
「あのストレイボウという男、どうやら正式な貴族ではないようなのです」
女官の言葉に、アリシアは背筋を冷やす。
「友人のオルステッドは大貴族でありましょう? 彼の家に引き取られているおかげとか……陛下もあまり快く思ってはいないようで」
「で、でたらめです! 何を言うの!? 父上は彼のことなど口にしたこともないわ!」
「姫さま、お願いでございます。陛下は姫さまを心配しておいでなのですよ。血筋の正しい者に姫を託したいと思うのは、当然のことですわ。なんといってもあの男は――」
「黙りなさい。血筋なんて……そんなに、この血が大事だと? ばかげています! 人間の血に正しいも正しくないもあろうはずがないわ!」
アリシアは女官の制止を振り切って走り出す。
血筋。女官が口にしていた。では、そんなことまで知られているのか。
――ああ、いやよ、ストレイボウ……! 早く、あいたい……!
王宮を狂ったようにアリシアは走る。視界がはっきりとしない。めまいのような、熱病のような感覚に陥りながらもアリシアはただ走った。
***
いつか、ストレイボウが言っていた。自分の生い立ちを。
「私はオルステッドの親類が残した私生児なのです」
「私生児……?」
愕然とした表情でストレイボウを見た。
「身寄りがなかったところを、たまたま彼の父親の温情で、あの家に置いてもらっているだけなのです。……昔はよく妾の子、と罵られました。オルステッドにそのことは言っていませんが……」
「なぜです? あなた方はだいぶ仲がいいように見えましたが」
「彼とは兄弟同然に育ち、よき友人だと、私も思っています。それでも……」
ストレイボウは顔を背ける。
「私と彼は生きる場所がちがいます。どんなに豪華な服をまとっても、それはまがいもの。生まれながらに全てに恵まれたオルステッドが……私は……うらやましかった」
悲痛な様子でストレイボウは絞るように口にする。これまで見たこともない、嫉妬と憎悪と自己嫌悪に苛まれた顔をしていた。
作品名:月光花 作家名: