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Lesson

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#1


 張り詰めた冬の空気がただでさえこわばった筋肉を硬直させる。気持ちを落ち着かせようと深呼吸すると、白い息が細く流れていった。マフラーで隙間なく覆った首を巡らせると、自分と同じような受験生達が次々と門をくぐっていく。
 ──こんなところで怖じ気づいて、立ち止まっている場合ではない。自分も早く教室に入って、試験が始まるまで最善を尽くそう。
 坂上修一は十五歳としては標準より小柄な身体で精一杯に背筋を伸ばすと、意を決して受験会場である第一志望校、鳴神学園の敷地内へと足を踏み入れた。
 鳴神学園は一学年に約十クラス、一クラスに五十人以上という所謂マンモス校だ。それだけの生徒を収容するだけあって校内は広く、設備も充実している。特に新校舎は慣れないうちは迷ってしまいそうなほどだ。歴史ある伝統校らしく、木造の旧校舎が残されていたが、老朽化が進み傷んだ床が抜けるなど使用するには危険なことから、来年度の夏には取り壊され新しく体育館が建つという噂だった。
 坂上は玄関で靴を履き替えると、案内係の教師や壁の貼紙の誘導に従って、何とか自分が試験を受ける教室を見つけることができた。
 普段在校生達が使用している筈の机は、試験に使うため空にされていた。受験番号と照らし合わせ自分の席についた坂上は、机に刻まれた相合い傘の落書きを見つけて、高校生でもこんなことをするのかと微笑ましい気持ちになった。
 
 試験は落ち着いて受けることが出来た。昼休みを挟んですべての科目が終了したのは三時過ぎだった。
 教室内で知人を見つけることができなかった坂上は、席を立つと見知らぬ受験生達の間をすり抜けて廊下に出た。友人同士でかたまって歩いているグループは稀で、大半の者は坂上と同じようにひとりで歩いていた。
 緊張が緩み、周りを見る余裕を取り戻した坂上は、来た道を戻りながら校舎をキョロキョロと眺めてみた。中学とは違う特徴を見つけては驚嘆していたが、掲示板の前を通り掛かったところで足が止まった。
 学園側からの告知や外部団体の宣伝ポスターに紛れて貼り出された、ひときわ大きな紙面に目がとまる。
 それは、鳴神学園の新聞部が編集した定期新聞のようだった。
 レタリングと几帳面な手書き文字で纏められた鮮やかな色彩の記事に興味をひかれ、何となく読み始めた坂上は、まるでプロのような筆致とわかりやすい文章にひきこまれてしまった。写真や図表が効果的に使われ、記事をより見やすく面白いものにしている点でも、中学の広報委員などとはレベルが違うのだと思い知らされた。
「日野……貞夫さん」
 記事を一気に読み通してしまった坂上は、記事の片隅に記された部員の名前を思わず呟いていた。
(まだ、二年生なんだ)
 自分よりたった二歳年上で、大人のような文章を書くのだ。一体どんな人なんだろう。会って話がしてみたい。そして、この人のような記事をかけるようになりたい。
 もしこの学校に入学できたなら、新聞部に入ろう。
 
 坂上はひそかに誓って、掲示板の前を後にした。
 
 
 
 結果は見事合格だった。入学式を済ませた坂上は、早速見学させてもらおうと新聞部の部室を探した。
 しかし、中々見つからない。何しろ広すぎるのだ。これから通うことになるというのに、覚えきれるのかと不安になるほどだった。
「君、新入生だな。もしかして迷ったのかい?」
 新聞部の勧誘ポスターによればこの階でいいはずなのにと首を傾げさまよっていると、背後から声を掛けられた。振り返ると、眼鏡をかけた見るからに優秀そうな男子生徒が立っている。口ぶりからいって上級生だろう。
「あ、あの、新聞部の部室を探しているんですが」
「なんだ。うちの入部希望者か」
「え?新聞部の方ですか?」
「ああ。俺も向かってるところだから、案内するよ」
「ありがとうございます!……ええと」
「日野。三年の日野貞夫だ」
「日野先輩!?」
 あまりの偶然に驚いた坂上は思わず声を上げた。
「どうした?」
「あ、いえ、何でもないんです。すみません」
「そうか。ところで君は?」
「あっ…」
 名乗るのを忘れるなんてどうかしている。名前しか知らなかった憧れの先輩を前にして緊張しているのだ。
 坂上は自分を情けなく思いながら慌てて名乗った。
「一年E組の坂上修一です。よろしくお願いします、日野先輩」
「ああ、宜しくな坂上」
 日野はまるでまぶしいものを見たように目を細め、柔らかい微笑みをさらに深めた。
 合格を知って以来、ずっと会えることを楽しみにして想像していた通りの人だった。理想が制服を来て目の前を歩いている。坂上は喜びを噛み締めながら日野について行った。
 
「ここだ」
 ほどなくしてたどりついた部室からは、独特の匂いがした。それは図書館などに漂う空気に少し似ていた。
 日野がドアを開けると、中にいた数人の部員の視線が一斉にこちらに向けられた。
「朝比奈、入部希望者を一人連れてきたぜ」
「あ…坂上修一といいます。今日は一応、見学に来ました」
 頭を下げて挨拶すると、ひとりの男子生徒が近づいて来た。彼が『朝比奈』だろう。
「君が今年の第一号だな。俺は部長の朝比奈だ。よろしく」
「よろしくお願いします!」
 もう一度深々と頭を下げると、朝比奈は感心したように笑った。
「礼儀正しいな」
「そうだろう、何しろ俺が見込んだ奴だからな」
 日野は同意するように頷いて、坂上の頭をぽんぽんと撫でた。
 見込まれているなんて、本当だろうか。坂上は嬉しいやら困惑するやらで、顔を赤くして俯いた。
 その肩に朝比奈の手が軽く乗せられた。
「照れるなって。その姿勢をいつまでも忘れるなよ?」
「お、珍しい。部長らしいこと言っちゃって。明日は雨ですかね」
「何だと、御厨」
 朝比奈はすぐに坂上の肩から手をはなし、男子部員のひとりと軽口を交わしはじめる。会話を聞いていると御厨というらしい彼はどうやら二年生のようだ。
 どうしたものかととまどう坂上に、日野は苦笑して肩をすくめてみせた。
「ま、こいつらはいつもこんなもんだ。気にするなよ」
作品名:Lesson 作家名:_ 消