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Lesson

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#2


 オレンジ色の入日を背に、赤ペンを紙の上に走らせる。
 部室には坂上ひとりで、他の部員の姿は無い。新聞部の活動は月・木・金と週に三日で、毎日出入りしているのは坂上と日野くらいのものだ。部長の朝比奈などは何かと多忙な人物のようで、活動のある日ですら顔を出さないこともあった。
 
 坂上が机にかじりついて懸命に取り組んでいたのは、上級生が取材した原稿の編集作業だった。辞書をめくり、資料をひっくり返しては、誤字脱字を修正し記述に間違いが無いか確かめる。
 まだ入部したばかりの一年生が記事を任せてもらえる筈もなく、頼まれるのはせいぜいこうした他人の記事の編集や使い走りなどの雑用だけだ。
 しかも、坂上には他の一年生達より若干作業が遅いという自覚があった。部活動のある日だけの作業では、とても締切りに間に合わない。それに部活中は他の頼まれ事をしてひとつの作業に集中できないのだ。
 そこで坂上は、毎日部室に通い詰めては、与えられた仕事に取り組み、時に頼まれていない作業の練習までしていた。
 
 だが、一向に作業スピードは縮まらないし、上達しているという感触もない。
 坂上は不意に手を休めて、深い溜息をついた。
「どうした?溜息なんかついて」
「うわぁ!?」
 いつの間に入って来たのだろう。日野に原稿を覗き込まれて、坂上は飛び上がらんばかりに驚いた。
「何だよ、人を化け物みたいに」
「す、すみません。びっくりして……」
 どうやら作業に熱中し過ぎていたようだ。坂上がしゅんとして謝ると、日野は気にするなと笑って坂上の正面に腰を下ろした。
 
「で、何か悩みでもあるのか?」
 笑みを消し、真剣に尋ねてくる。
 坂上は迷ったが、ぽつりぽつりと考えていたことを打ち明けた。
 
「なるほどな」
「僕、新聞部に向いてないんでしょうか……?」
 眉尻を下げ、泣き出しそうな表情で俯く坂上に、日野は少し怒ったように声を低くした。
「そんなことはない。俺は、お前は今年入部したやつらの中で一番一生懸命だと思っていたよ」
 長い指で坂上の眉間に触れ、そこに寄っていた皴を伸ばす。
「お前の作業が遅いのは丁寧に仕事してるからだ。他の連中は早く終わらせようと手を抜いて重大な誤字を見逃したりしているが、お前にはそういうミスがまったくない。上達してる実感がないのは、当たり前だろ。まだ入部して三週間しか経ってない。そんな短期間に実力がつく魔法があるなら、俺が教えてもらいたいくらいだぞ」
 
 やはり日野は優しいと坂上は思った。坂上が諦めて部活を辞めたりしないよう、気を遣って慰めてくれているのだ。
「でも……僕は早く記事を任せてもらえるようになりたいんです」
 そして、日野のような記事を書けるようになりたいと心の中で付け足した。
「……」
 日野はしばらく坂上の顔を見つめていたが、やがて苦笑した。
「わかった。そこまで言うなら、俺が部活の後に取材する時のコツや記事をまとめるポイントを教えてやるよ」
「え!?いいんですか?日野先輩だって忙しいんじゃ」
 思わぬ提案に目を丸くする坂上の頭を、日野はわしわしと撫でる。
「そりゃ、部活に来られない日もあるが、俺は朝比奈とは違って塾なんかには行ってないからな。少し帰りが遅くなるくらいはどうってことないさ」
「あ…ありがとうございます!僕、頑張ります」
「お礼は実際に上達してから言えよ。それと、この事は他の奴には内緒だからな。お前だけ贔屓してると思われたら厄介だ。俺は、真面目に取り組んでるお前だから指導したいと思ったんだけどな」
 これから、日野が部活に出られる日ならいつでも指導してもらえる。坂上は嬉しくてそれ以上何も言えなかった。
 日野の優しさを無駄にしないよう、教えられたことはきっちり身につけようと思った。
 
 
 それから一ヶ月、秘密の特訓を受けた坂上は、他の上級生達にも次第に一目置かれる存在になっていた。
 朝比奈にアンケートのまとめを頼まれた時などは、円グラフ化を提案して「わかりやすくなった」とほめられた。
「この調子なら、近いうち記事を頼むかもしれないな」
「ありがとうございます!」
 
 日野が一緒に居残ってアドバイスしてくれたおかげだ。今日はまだ姿を見せていないが、昨日別れるときに「また明日な」と言われていたので、他の部員達が出払ってからも鍵を預かって彼を待っていた。
「…坂上!遅くなって悪かった」
「いえ、こちらこそこんな時間に寄ってもらってすみません」
 委員会の会議に出ていたという日野を労ってから、坂上は朝比奈に言われた事を報告した。
「そうか。朝比奈が記事をね」
「はい!日野先輩のおかげです」
「努力したのはお前だよ。よかったな坂上」
 日野は自分の事のように嬉しそうに笑うと、不意に目を伏せた。
「これでもう俺がお前に教えることは何もないな」
「そんな!まだまだ教えてもらいたいことがいっぱいありますよ!」
「……冗談だ。もちろんまだまだみっちり扱くからな」
「あはは、お手柔らかにお願いしますね」
 
 今日は遅いからもう帰ろうと立ち上がる日野の後を追いながら、坂上は安堵の息をもらした。
 
 既に日も暮れて辺りは暗い。比較的遅くまで残っている運動部員の姿もまばらだ。
 校庭を横切り生徒通用門に向かいながら、坂上は月明りに浮かび上がる旧校舎に何となく目を向けた。
 旧校舎には幽霊が出るという、クラスメイト達の噂話を思い出す。何処の学校でも囁かれるありふれた怪談に過ぎないが、確かに鳴神学園の旧校舎には何が出てもおかしくなさそうだと思わせる不気味さがあった。
「気をつけろよ坂上」
「え?」
 坂上の視線の先に気付いた日野は真顔で忠告した。
「旧校舎は、何かといわくのある場所だ。今年の春休み中にも、あそこで人がひとり死んでる」
「そういえば……大分老朽化が進んでいるって聞きました。床が抜けたりして危険だって。でも、立入禁止ですよね?」
「幽霊が出るって噂の真相を確かめるために、夜中に忍び込んだバカがいたのさ」
「そんな……」
 そんな言い方は、少し冷たいのではないか。彼はただ好奇心が強すぎただけではないか。
「あそこは夏に取り壊されて、新しく体育館が出来るんだ。それまでは坂上もあそこには絶対に近寄るなよ?」
「は、はい。気をつけます」
 日野がやけに真剣に念を押すので、坂上は思わず頷いていた。
 
 もしかしたら、旧校舎で亡くなったというその生徒は、日野の友人だったのかもしれない。
 そんなことを考えて悲しくなり、いたずらに騒ぎ立てないようにしようと思った。
作品名:Lesson 作家名:_ 消