Lesson
生き残った俺は、彼らを見捨てて逃げた報いを受けた。それぞれの痛みをすべて受けて、……死んだんだ」
すべて話し終えると、日野は悲しそうに笑った。
「ところで坂上。もうひとりの助かった子供は、俺の目の前にいるんだよ」
その瞬間、坂上は息を呑んだ。奇妙な光を放つ日野の瞳の奥に、遠い過去が駆け巡る。
そうだ。あの日、坂上は学校に迷い込み、恐い顔をした男に捕まった。
男が部屋を出て行き、しばらく一体どうなるのかと震えていると、幼い日野がやってきて、助けてくれたのだ。
……こわかったな。もうだいじょうぶだ。今日のことはわすれよう。ほら、泣くなよ。そう、それでいい。……じゃあな。また会おう。
泣きじゃくる坂上の頭を優しく撫でて、笑って手を振ってくれた人。
その後まったく会えなくて、寂しい思いをしたこと……何故今まで忘れていたのだろう。
日野は立ち上がり、静かにふたりを見つめる六人に頭を下げた。
「こいつは、何も悪くない。お前達を見捨てたわけじゃない。ただ、巻き込まれただけだ。逃げた子供は俺一人なんだよ。だからもう、いいだろう?……これ以上、犠牲を増やさないでくれ」
坂上を背中に庇い、必死で懇願する日野を、六人は暫く黙って見ていたが、やがて岩下が口を開いた。
「顔を上げて、貞夫くん」
「わかりましたよ。確かにその子は無関係です」「考えてみれば、そいつも犠牲者だよな」
「一緒に遊びたかったけど、しょうがないよね」
「まあ、サダちゃんがそこまで言うなら許してあげるよ」
「生まれ変われたら、友達になってね、坂上君」
荒井が、新堂が、福沢が、風間が、細田が、それぞれ子供の姿に戻って消えてゆく。
最後に残った日野は、ゆっくりと坂上を振り返り笑った。
「悪かったな。あいつらをなだめるために、どうしてもお前と引き合わせなきゃならなかったんだ」
「……ひとつ、聞いてもいいですか」
「何だ?」
込み上げてくるものを懸命に堪えて、坂上は日野を見上げた。
「取り殺す為じゃないなら、どうして僕の前に現れたんですか?」
「……坂上、お前、受験の日に俺の記事を見ていただろ?実は俺は、それを見てたんだよ」
「えっ!?」
「あの時の子供だなんて知らなかったからな。お前が俺の名前を呟くもんだから照れくさくて声もかけられなかったが、それからずっと、お前が新聞部に入ってくるのを楽しみにしていたんだ」
「そう、だったんですか……」
あれを本人に見られていたなんて、恥ずかしい。顔を真っ赤にして俯く坂上を、日野は柔らかく抱きしめた。
「こんなことになるなら、あの時声をかけていればよかったな……」
「先輩……」
坂上から離れると、淡い光を放ちながら足下から空気に溶けてゆく。
「じゃあな、坂上。お前に出逢えてよかった。おかげで俺は悪霊にならずに済んだよ」
「日野せんぱっ……!」
一瞬の光が弾けて、日野は消えた。
「そんな……」
堪えきれず涙を流す坂上の耳に、囁く声がする。
《泣くな……見えなくても、俺はお前の傍にいる。この学校に巣くう魔物から、守ってやるさ……》
いるのだ。見えなくても、触れなくても、傍に。
「ずっと一緒にいてください。あの時みたいに、会えなくなるなんて嫌ですよ」
空気が揺れて笑った気がした。彼のぬくもりが頬に触れ、いつものように頭を撫でる。
坂上は目を閉じて、その心地よさに身を委ねた。
[2009.09.18 - 坂上生誕祝 - Colpevoleより再録]