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斉藤君の殺人クラブ観察日記

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後日談


 あの事件から数日、斉藤は坂上の傍を片時も離れないよう気を配っていた。殺人クラブの魔手から坂上を守り抜き、綾小路を牽制する為だ。
 殺人クラブのメンバーは、坂上の目に触れる場所では本性を出さない。坂上の隣にいることによって命を狙われることになったのだが、結果的にそれが斉藤自身の命を守ることにも繋がっていた。
 ちなみに何度か自宅に襲撃を受けた(その都度死に物狂いで撃退した)ので、週に二・三日は坂上家に泊まった。
 
 しかし無防備に斉藤に密着する坂上の自覚のなさ故に、斉藤は所詮自分も殺人クラブや綾小路と変わらないケダモノなのだと気付かされた。
 折れそうな細い腕に、暑いからと開かれた襟元から覗く白い首筋に、小さく吐息を漏らす唇に、無意識に視線が吸い寄せられる。ふたりきりになるだけで心拍数は上昇し、坂上の存在を意識しすぎてしまう。
 以前よりも近づいた距離が、築き上げた友情を裏切り、理性を擦り減らしていく。
 この分ではいつ抑えきれなくなって押し倒すかわからないとまで思いつめた時、斉藤は決意した。
 
 ──坂上と距離を置こう。
 
 幸い殺人クラブはお互いに牽制しあい抜け駆けを許していないようだし、綾小路は大川に追い回されている。少しくらい離れても、坂上がすぐに彼らに汚されるということはないだろう。
 
 むしろ、この想いを殺して、他の女の子を好きになれるならば、それが一番いいのだ。
 そうすれば斉藤が殺人クラブに狙われる理由もなくなるし、坂上を自ら傷つけることもない。貞操を守る役目なら、友人としてこれからも果たしていける。
 
 
 決意を実行に移し、さりげなく坂上と別行動を取るようになって三日。夏休みまで後一週間を切った頃だった。
 部活動を終え、夕闇迫る空の下をひとり歩いていた斉藤は、校門の前に佇む少女に目を奪われた。
 色白小柄で顔も小さく、肩より少し長いくらいの柔らかそうな髪に大きな瞳。校内一の美人と噂される岩下明美とはタイプが違うが、文句無しの美少女だった。
 あんなに可愛いなら、きっと彼氏がいるに違いない。その証拠にやたら腕時計を気にして、玄関をちらちら見ては、ため息をついて心細そうにしている。
 しかし斉藤は、久し振りに坂上以外に覚えた胸のときめきを鎮めることができなかった。
 
 それから数日間、くだんの美少女は毎日校門の前で誰かを待っていた。彼女の姿を目にするたびにドキドキしながら素通りしていた斉藤だが、夏休み前最後の土曜日に校門を通り掛かると、彼女はガラの悪そうな男に絡まれていた。
「あの、やめてください」
「いいじゃん、ちょっと店に寄るくらい」
「おい」
 思わず、彼女を庇うようにして割り込んでいた。
「あ……」
「何だお前?」
「お前こそ、俺の女に手を出すな」
「はぁ~?……ったく、彼氏がいるなら最初から言ってよ。あほらし…」
 きつく睨みつけると、男は意外なほどあっさりと引き下がっていった。
「……大丈夫か?」
「ああ、うん。ありがとう……」
 彼女を振り返ると、安心したような微笑みにかちあってどきりとする。
「ごめんな。咄嗟とはいえあんな嘘ついて」
「えっ?……ああ、気にしなくても……」
 ふとした表情や仕草に、どうしようもなく惹かれる。
 斉藤は衝動のままに言葉を紡いでいた。
「今は嘘だけど、いずれ本当に出来たらいいって思ってる」
「え?」
「ずっと、見てたんだ。お前、ここ最近毎日ここにいただろ?誰かを待ってたんだよな……彼氏?もしそうじゃないなら……俺と付き合って欲しいんだけど」
 
 なけなしの勇気を振り絞って、告白した。この娘なら坂上を想う以上に大事にできるような気がしたのだ。
 
「え!?」
 名も知らぬ美少女は一瞬真っ赤になって、それからみるみるうちに青ざめた。
「あの……斉藤……ごめんっ!」
「あ、やっぱり彼氏だったのか」
「そうじゃなくて!」
「え?」
 彼女は泣きそうに顔を歪めながら、自分の頭に手をやり──ウィッグを外した。

 
「なっ…お前っ、坂上ぃ!?」
「ホントにごめん斉藤!まさか、こんなことになると思わなくて!!」
「……マジかよ……何でそんな恰好してんの?」
 やっと坂上以外の女の子に恋をしたかと思えば、坂上だったとは。
 斉藤はヘナヘナと脱力した。
「こ、これは、その……福沢さんに頼まれたんだよ。一週間だけ、放課後に制服交換しないかって」
「福沢って?」
 未だ福沢玲子に遭遇したことのない斉藤は首を傾げる。
「例の集会で知り合ったんだ。お願いされたら、断れなくてさ。……ホントごめん、斉藤……」
 
 しゅんとして、申し訳なさそうに見上げてくる坂上に、斉藤はちょっとした悪戯心が芽生えた。
 
「あー、いいよ。謝るのはナシな。けど、そのかわり男心を弄んだ罰を受けてもらう」
「え……」
「コンクール用の写真。実は前に撮らせてもらったやつ、ダメにしちまったんだ。その恰好でもう一度撮らせてくれよ。諦めてたんだけど、今ならまだ応募間に合うし」
「そんな!でも悪いことしちゃったし……いやいや、もし僕だってバレたら…うわあぁ!」
 
 青くなったり赤くなったりして焦っている坂上を尻目に、斉藤は晴れやかな笑顔で歩き出す。
 
 うじうじ悩んでも仕方ない。誰よりも何よりも求めるのはただひとり。
 
「タイトルは…そうだな、〈MY GIRL〉にするか!」
「えぇ──っ!?」
 
 
 

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