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斉藤君の殺人クラブ観察日記

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 男としては、女装が似合うなどと言われても嬉しくないだろう。眉尻を下げて機嫌を損ねた坂上の肩を、新堂は慰めるように軽く叩いた。
「似合わなすぎて気持ち悪いよりはよっぽどいいだろ。……で、福沢。なんで制服交換なんかしてんだ」
「それは後で説明します。じゃあ坂上君、帰りにまたね!」
「あ、うん……」
 風のように去っていく福沢の背中を見つめ、坂上は諦めたように溜息を零した。
 
 
 女装二日目。部室に向かうと、早速日野に見つかった。
「さ、坂上…何だ、その恰好は」
 不自然にプルプルと肩を震わせながら尋ねてくる日野に、坂上は緩く苦笑を返して事情を説明した。
 
「ああ…なるほどな。そういうことか……」
 福沢の意図を察して、日野は腕を組み坂上を見つめる。
 この坂上を見て落ちない男がいるだろうか?斉藤が陥落する前に、自分が堪えきれなくなるのではないかと思ってしまう。日野の視線に、「やっぱり気持ち悪いですか?」と的外れな心配をする後輩の頭を撫でていると、他の部員達を引き連れて朝比奈がやってきた。
 
「ん?その娘は誰だ?この時期に新入部員か?」
「え?」
 朝比奈の言葉に、日野は一瞬きょとんとした。が、すぐに彼らが目の前の少女を坂上と気付いていないのだと理解して、内心ほくそえむ。
「ああ、実はそうなんだ。といってもまだ入部希望ってとこだ。しばらく見学させる。可愛いだろ?俺のだから、手を出すなよ」
「ひ、日野先輩っ!」
 顔を真っ赤にして抗議する坂上の頭を撫で続けていると、朝比奈達は苦笑した。
「いちゃつくなら余所でやってくれ」
 
 
「今日はこの辺で帰るか」
 それから何度か部員が出入りしたが、誰も坂上を坂上とは気付かずに終わった。帰り仕度をして腰を上げた日野は、改めて坂上を眺め眉を寄せる。
「その恰好じゃお前、ナンパされるんじゃないか」
「大丈夫ですよ。何人かに声をかけられましたけど、みんなきっと男だって気付いてからかってるんです」
 それはとんでもない思い違いだと日野は思ったが、敢えてつっこまない。それよりも、坂上がスカートの裾を掴んで少し震えていることに気付いて首を傾げた。
 
「どうした、そわそわして」
「あの…と、トイレに行きたいんですけど」
「…もしかして、ずっと我慢してたのか?」
「だってこの恰好じゃどっちに入ればいいのか!」
「だよな。…女子トイレに行け。多分バレない」
「無理ですよ!」
「仕方ないな。じゃあ誰もいない男子トイレを探すか。お前が入ってる間は誰も入らないように見張っといてやるよ」
「ありがとうございます…」
 
 部活の後なので、無人のトイレは程なくして見つかった。ほっとして入っていく坂上を見送り、扉の前で仁王立ちしていると、角の向こうからドタバタと慌ただしい足音が近づいてくる。
 やがて現れたのは細田だった。
 
「も、漏れる!」
「ま、待て細田!他のトイレに行け!ここは…」
「む、無理ですよ日野様ぁ~!我慢の限界です!」
 細田は日野の制止も聞かず強引に扉を開けた。
 
「えっ……うわぁ!?」
 幸い既に用を済ませて手を洗っていた坂上だが、尿意も忘れて凝視してくる細田に、得体の知れない恐怖を感じておののく。
 
「さ、坂上くぅん!僕のために女の子になってくれたんだね!嬉しいよ!ウフウフウフ~ッ!」
「ち、違っ──!!」

 
 
 興奮する細田を何とかなだめて切り抜けた坂上は、傍目にもあわれなほどボロボロになっていた。
「すまん…止められなかった」
「し、仕方ないですよ。細田さん、極限まで我慢してたみたいですし」
 責任を感じて謝ると、坂上は弱々しく微笑んで首を振る。夕焼け色に染まる校庭を横切り校門に向かいながら、日野は坂上に対する想いを深めた。
 
「それじゃあ、また明日」
「ああ、気をつけてな」
 
 校門で坂上と別れ、帰宅するふりをして少し歩いてから、引き返して物陰に隠れる。
 ほどなくして現れた斉藤は、坂上をちらちら気にしながらも素通りしていった。
 
(あいつ……気付いてないのか?)
 
 消えかけていた殺意が再び燃え上がり、日野は昏い瞳で斉藤を睨む。
 福沢の言う通り、斉藤が坂上をまだ好きであることは明白だ。
 
(あれが坂上だと見破れない程度の男に、負けるわけにはいかないな)
 
 福沢の証明が終了したら、殺人クラブを召集しよう。
 
「夏休み中に息の根を止めてやるよ」    
 
 

[Colpevoleより再録]