斉藤君の殺人クラブ観察日記
#3
図書室は暗く静まり返っていた。外から僅かに届く窓越しの光に浮かび上がる書架は、昼間には感じない妙な圧迫感を与えてくる。
入口から中の様子を窺った斉藤は、人の気配を感じて息を呑んだ。
一般の生徒が、電気もつけずに今まで残っているとは考えにくい。きっと【敵】だ。
斉藤はモップを構えると、目を凝らしながら中に入って行った。
逃げ回るより、一人ずつ撃退して情報を引き出した方がいい。
暗い中を歩くうちに段々と闇に慣れてきた斉藤の目は、学習スペースの机に腰掛ける人影を見つけた。
おかしい。敵なら、物陰に隠れているものでは無いのか。判断に迷っていると、相手の方が口を開いた。
「……坂上君か?」
落ち着いた、聞き覚えの無い声。しかし確かに耳慣れた名前を紡いだ。
「え?坂上って……」
「ああ、違うのか」
相手は静かに立ち上がると、身構える斉藤に近付いた。
「……だがこれは確かに坂上君の匂いだな……」
光の当たる場所まで来て、ようやくその顔が明らかになる。ひどく整った容貌の男子生徒だった。肩を見ると、どうやら三年生らしい。
(匂いって……何だよこの人。変態か?)
口元をマスクで覆ったその姿は見るからに怪しく、斉藤は警戒を解かぬままモップを握り直す。
相手はしばらくジロジロと斉藤を見ていたが、やがて肩をすくめた。
「……君は誰だ?坂上君の知り合いか?」
それはこっちが聞きたい。という本音をぐっと堪え、斉藤は聞き返した。
「その坂上が俺の知ってる坂上なら、親友すけど…」
「一年E組の坂上修一?」
「はい」
「なら、その坂上君だ。君の名前は……」
「斉藤です」
「そうか。ところで斉藤君、いい加減そのモップを下ろして貰えないか?そんな風に突き付けられると臭くてかなわない」
彼は心底厭そうに顔を顰める。
(あれ?)
ふと、その仕草に呼び覚まされた記憶があった。
「もしかして、綾小路行人先輩ですか?」
「ああ、そうだ」
それを聞いて、斉藤はようやく胸を撫でおろした。モップを背後に引っ込めて頭を下げる。
「スミマセン、失礼しました。実はちょっと厄介な事になってまして……」
そこまで言って口をつぐんだ。正直に打ち明けたところで信じてもらえるとは思えない。
すると綾小路は少し考えてから尋ねてきた。
「ひょっとして、その厄介事っていうのは殺人クラブか?」
「え?殺人クラブ?」
何だそれは。推理小説のタイトルか?
斉藤は一瞬困惑したが、思い当たる節はある。
「違うのか?」
「いえ……多分俺、今その殺人クラブに命を狙われてます」
「多分?君は自分が置かれている状況を把握していないのか?」
「はあ。殺されそうだってことは理解してんすけどね」
斉藤がこれまでのいきさつをかいつまんで説明すると、綾小路も彼が知っているだけの事を話した。
殺人クラブとは、気に入らない生徒をいたぶり殺す事を目的とした、学校非公認のクラブであること。
構成員は七人であり、そのひとりが綾小路のクラスメートであること──。
「それじゃ、坂上君はもう帰宅しているんだな?」
「もちろん」
「それを聞いて安心したよ」
ほっと目元を緩ませる綾小路を横目に、斉藤もまた坂上が隣にいなくてよかったと思った。彼をこんな理不尽な事態に巻き込みたくはない。
やがて綾小路が意を決したように口を開いた。
「……協力させてくれないか?」
「え?」
「実は、殺人クラブには個人的に思うところあってね。今の状況は確かに危険だが、逆に彼らを壊滅させる好機とも言える」
「……でも、そんなことしたら綾小路先輩までターゲットになるんじゃ?」
「どうせ奴らは遅かれ早かれ僕の事も殺そうとしただろう」
綾小路は苦笑を零すと、マスクの前に人差し指を立てて沈黙した。
──誰かが、ここに来る。
作品名:斉藤君の殺人クラブ観察日記 作家名:_ 消