斉藤君の殺人クラブ観察日記
#2
土曜日の放課後、部活のない坂上とは教室で別れ、斉藤は写真部の部室に向かっていた。
先日坂上に協力してもらって撮影したコンクール用の写真を現像するためだ。写真部も本来活動がない日であるせいか、部室に他の部員の姿は無かった。彼らに今の時点で作品を見られるのは気恥ずかしいので、かえって好都合というものだ。
さっそく腕をまくり、暗室に足を踏み入れた時だった。
「いっ!?」
後頭部に強い衝撃があり、目の前に星が飛ぶ。何が起こったのか理解できないまま、斉藤は意識を手放した。
最初に目に入ったのは、何処かの教室の床と、そこに横たわる愛機の無残な姿だった。
散らばる破片、割れたレンズ、引き出されたフィルム。もはやそれは、ただのがらくただ。
斉藤は思わず駆け寄ろうとして、己が縛り上げられていることに気付いた。
「……何だよ、これ」
状況がうまく飲み込めず、茫然と呟く。するとそれに答えるように、背後で気配が動いた。
「振り向くな」
振り返ろうとした斉藤を、気配の主はすかさず制止する。
「振り向いたら殺す。騒いでも殺す。動いても殺す。そのカメラのようになりたくはないだろ?」
その声には聞き覚えがあるような気がするのだが、誰であったか思い出せない。わかるのは、その言葉が冗談やただの脅しではないということだけだ。
「多少は知恵が回るようだな。そう、それでいい。そのままおとなしく俺の指示に従え。お前に拒否権はない」
男は尊大に傲慢に話し続ける。
「これはゲームだ。俺が話し終えたら、お前はここから逃げろ。十分後、俺の仲間がお前を追って行動を開始する。それから三時間、誰にも殺されずに逃げ切ったらお前の勝ちだ。シンプルだろ?」
ふざけた話だ。恐怖よりも憤りが勝った。だが、ここで声を上げれば即殺されてしまう。斉藤は暴発しそうな怒りをぐっと堪えた。
「理解したなら、目を閉じろ。殺されたくなければ薄目を開けたりするなよ。よし、そのまま三十数を数えたらゲーム開始だからな」
気配が段々遠ざかっていく。言いなりな自分を情けなく思ったが、命あってのものだねだ。
きっかり三十秒経ってから目を開けると、斉藤は改めて周りを窺った。やはり何の変哲もないただの教室だった。黒板の日直欄で、ようやくクラスを特定する。一年E組。自分のクラスだ。
こうしている場合ではない。さっさと逃げなければ。【奴】の仲間が何人いるのかわからないが、こういう場合、一つ所に留まってじっとしているのと、常に移動するのとでは、どちらが得策だろうか。いずれにせよ、先ずは身体に巻きついているビニールテープを何とかしなければならない。
(そういえばあいつの机に……)
斉藤は教科書どころか筆記用具すら机の中に放置している不真面目なクラスメートの事を思いだし、這うようにして彼の席に向かった。程なくして見つけた鋏を、口や手先を器用に使って操り、テープを断ち切っていく。
(……これは武器になるな)
斉藤は手にした鋏をじっと見つめ、万が一に備えて持って行く事にした。無事にこのゲームを切り抜けられたら、こっそり返しておけばいい。
解いたテープはまとめてごみ箱に捨て、慎重に教室を出る。廊下は暗く、しんと静まり返っていた。
(そういえば……今何時だ?)
腕時計を見ると、既に最終下校時刻を過ぎている。他の生徒に助けを求めるという選択肢は望めないだろう。
(待てよ)
一歩踏み出しかけて止まる。武器が鋏だけでは心許ない。教室の中にまだ役に立つものがあるのではないか。
再び教室に入った斉藤の目に、掃除用具入れが見えた。扉を開け物色し、モップを取り出す。少し重いが、無いよりはマシだろう。
ひとまず安堵した斉藤は、今度こそ廊下に出ると、焦る気持ちを叱りつけながら、足音をなるべく立てないように歩き出した。
三時間逃げ続けることを考えると、動き回るのは体力的に得策ではないだろう。辺りの様子を窺いやすく、かつ見つかったときには逃げやすい場所といえば、頭に浮かぶのは一箇所しかなかった。
(よし……図書室に行こう)
作品名:斉藤君の殺人クラブ観察日記 作家名:_ 消