斉藤君の殺人クラブ観察日記
#6
(やられる!!)
咄嗟に避けることさえできず、斉藤は身構えた。しかし予期していた痛みは訪れない。
「動くな」
綾小路の感情を押し殺した低い声に、荒井の動きが止まった。思わず振り返ると、綾小路は銃口を荒井に向け、冷え切った視線で彼を見下ろしていた。
まるで、物を見るような眼だ。
頼もしい味方である筈なのに、安堵より先に背筋が震える。
「少しでも動いたら、僕は君を撃つ」
抑揚の無い硬い声で、綾小路はなおも荒井を脅した。
否、本当に脅しなのだろうか。本気で殺すつもりなのではないか。
綾小路の態度には、躊躇いというものが一切感じられない。
荒井は黙ったまま値踏みするように綾小路を凝視していたが、やがて嘲るように笑った。
「貴方にそんな度胸があるんですか?大川さんのことさえ直接的な手段を用いなかった貴方が、僕を殺せるんですか?」
「見くびるな。僕は自分の幸福の為なら悪魔に魂を売ることさえ厭わない人間だ。今更、殺人くらい禁忌でも何でもない」
綾小路の答に、荒井の表情が歪む。まだ疑いを残しながらもたじろいでいるようだった。
事の成り行きを見守っていた斉藤は、そこで我に返る。
(何やってんだ、俺!)
荒井の注意が綾小路に逸れている隙に、重心を低くしてモップを振るった。
「なっ……」
足元を薙ぎ払われてバランスを崩した荒井は、驚愕に目をみはりつつ床に転がった。綾小路はすかさずその上にのしかかり、緩んだ手から鎖を奪う。そしてその鎖で彼の手足を纏め拘束した。やはり妙に手際がよかったが、敢えてつっこまない。
「荒井先輩、でしたっけ?」
斉藤はモップの房を荒井の顔に押し付けると、自分でも驚く程冷たい声で問い掛けた。
「アンタ、坂上の何なんです?まさか、俺が坂上と仲がいいから、俺を殺そうとしたのか」
「……っ貴方こそ、身の程知らずにも程があります。貴方のような野蛮な人間は、清純で高潔な坂上君には相応しくありません。馴れ馴れしくしないでもらいたいものです」
「質問に答えてないな。だったらアンタはどうなんだ。俺の方こそ、アンタみたいな人殺しが坂上と知り合いなんて、考えただけで身の毛がよだつ。……けど、誰とどう付き合うかは、坂上が決めることだ。アンタにケチをつける権利は無い」
斉藤はモップを一旦脇に立て掛けると、綾小路を退かせ、荒井を無理矢理立たせた。
しかし荒井はそれでも怯まずに不気味な笑い声を漏らす。
「友人の仮面を被っていれば免罪符になるとでも?知っていますよ、貴方は坂上君に劣情を抱いているでしょう。毎晩彼を思って手淫に耽っているのではありませんか?想像で彼を汚しているだけなら、許されると?」
頭に血がのぼる。それは、言われているのが事実だからか。
斉藤は感情の赴くまま膝を荒井の腹部にめりこませた。
低い呻き声を上げて、荒井は昏倒する。力が抜けてだらりとしているその身体を、斉藤は無造作に投げ捨てた。
「……斉藤君」
綾小路が、少し怯えたように呼びかけてきた。
ああ、それでもこの人はまだ正常なのだと、斉藤はほっとしながら振り向いた。
「こんな奴でも、親しくしているなら、殺したりしたら坂上は泣きますよね」
「……ああ」
殺したいのか?と綾小路は眼で問う。斉藤は軽く首を横に振って、倒れている荒井の足元にしゃがみこんだ。
「考えたんですけど、ただ今回戦闘不能にするだけじゃ、無意味っすよね。こういう奴って、死ななきゃ治らなそうだし。だからって、警察に突き出すにも証拠が無い」
淡々と背後の綾小路に語りかけながら、荒井のベルトに手を掛ける。
「ちょっと待て、斉藤君。……何をする気だ?」
「何って……恥ずかしい写真でも撮ってやろうかと思って。実は俺、壊された一眼レフの他にもカメラを持ち歩いてるんすよ」
斉藤は使い捨てカメラを取り出してニヤリと笑った。
「あいつら、一眼レフに気を取られてこっちに気付かなかったんでしょうね。尻ポケットなんて、縛る時にチェックしそうなもんすけど。ああ、でもこのカメラじゃ上手く写らないかも。丁度近くですし、このあと写真部の部室に行きましょうか。備品のカメラあるんで。まあ一応これでも一枚撮っておくかな」
フラッシュを焚いて荒井の醜態を撮影すると、そのままにして立ち上がる。男の下半身をいつまでも眺めている趣味は無い。
「この人達、無駄にプライド高そうだし、これをネタに脅せばおとなしくなるんじゃないすか」
「……それは犯罪じゃないのか」
「人殺しに比べたらマシです」
「それはそうだが、逆効果かもしれない。それがあることで奴らはますます君に殺意を……」
綾小路は言いかけて、ふと口をつぐんだ。斉藤をちらりと一瞥し、そして溜息をつく。
「荒井が言っていたことは本当なのか」
「え?」
「君は坂上君を……そういう意味で好きなのか?」
──返答に詰まった。
作品名:斉藤君の殺人クラブ観察日記 作家名:_ 消