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斉藤君の殺人クラブ観察日記

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#7


「はは……何言ってんすか先輩。坂上は親友ですよ」
 
 斉藤は軽く笑い飛ばそうとして失敗し、まなじりを引きつらせる。
 今にも泣き出しそうな表情だと、綾小路は思った。
 
「……俺も坂上も、男じゃないすか。何で、そんな事……」
 浅い溜息混じりに吐き出す声は掠れ、微かに震えていた。まるで自分に言い聞かせるように言葉を重ねる。
「思ったことが無いって言ったら……嘘になる。笑顔とか、見ると独占したいって思うし、坂上が女だったら絶対惚れてる。けど」
 俯いていた顔を上げ、斉藤は睨むように綾小路を見据えた。
「キスしたいとか、抱きたいとか。そういう風に考えちまう自分が……俺は嫌なんです。こんな気持ち、消せるもんなら消したい。坂上との今の関係を壊したくない」
 
 邪な想いを抱いている事が坂上に知れたら、きっと二度とあの笑顔を向けてもらえないだろう。それはつらすぎる。
 
「汚したいわけじゃない。気持ちを押し付けて無理矢理奪おうなんて考えてない。ただ守りたい。ずっと隣で笑ってて欲しいだけだ」
 
 ふとした瞬間に欲情してしまうことすら罪悪に思う。殺人クラブに断罪されなくても、そういう自分を自分が一番憎んでいる。
 
 溢れ出す感情をせきとめるようなざんげに、綾小路は眉根を寄せた。マスクに隠れた口元は、苦笑していたのだ。
 
「告げる前から拒絶されると決めつけているのか」
「だってそうでしょう。普通男に好かれたって気持ち悪いだけだ。綾小路先輩なら実感してるじゃないすか」
「大川は元々友人でも何でも無い。むしろ最初から友人としてすら論外だったからな。坂上君にとっての君とは違う」
「……たとえば風間先輩に告られたら?」
「それはないな。あいつは坂上君に執着してるから」
「だからたとえばだって」
「……縁起でもない」
「ほら。友人でも嫌なものは嫌でしょう」
「そうだな。それでも坂上君は君を見限ったりはしないと思うが……これ以上恋敵に塩を送るのはやめておこう」
「え?」
 
 綾小路の眼が凍てつく。
 そうなのではないかと思っていた、疑惑が確信に変わった。
 
「貴方も……好きなんすね、坂上の事」
「ああ。彼が欲しい、手に入れたいと思っている。僕は君と違って、坂上君が他の男と仲良くしている事に耐えられない」
 
 先程まで感じていた親しみや頼もしさは、もはや消え失せてしまった。
 綾小路は斉藤を敵と認識し、憎悪している。だが、それを懸命に抑えようとしていた。
 
「君が彼の隣で親友として寄り添う事さえ、許容できないほどに」
 
 この人も、殺人クラブと同類なのか。他者を蹴散らし滅ぼしてでも、坂上を己だけのものとしたいと望むのか。
 
「……じゃあ、俺を消しますか?殺人クラブみたいに」
「いや。君と争っても仕方ない。目を離したら坂上君を襲うというなら話は別だが、そうでないなら──君が坂上君の友人に留まろうとする限りは、同志だと思うよう努力する」
 
 努力が必要なのかと呆れるが、綾小路が坂上とそういう仲になった場合を想像すると、彼の気持ちも理解できた。
 
 どんな男だろうと、他の者が坂上を手に入れるなど許せない。
 
 昂ぶった心を静めるように息を吸い込んで、斉藤は笑った。
「じゃあ、今はとにかく一緒に殺人クラブを何とかしましょう」
 綾小路もまた、こわばった表情を緩めて頷く。
「そうだな。カメラを取りに行こう」
 
 
 あれだけ暴れた割には、他の者が近付いてくる気配は無かった。それでもふたりは慎重に気を配って進んでいく。
 角を曲がれば部室にたどり着くという時になって、綾小路が歩みを止めた。
「……また何か?」
「この角の向こうから坂上君の匂いがする」
「えっ?」
「殺人クラブかどうかわからないが、誰かと一緒にいるな。罠かもしれないが、どうする?」
 先ほどの事もあり躊躇を見せる。
「……行ってみましょう。本当に坂上かもしれないし」
 斉藤は少し考えてから前進を促した。
 
「あっ」
 果たして、廊下の突き当たりに坂上の姿があった。その隣には、見覚えのある上級生もいる。
「……日野か」
 苦々しい表情で綾小路が漏らした一言が記憶を呼び覚ます。
 そうだ、日野貞夫。坂上が新聞部で世話になっているという三年生ではないか。
「斉藤!」
 やがて坂上も斉藤達に気付いて駆け寄ってきた。
「坂上、どうして学校に……」
 坂上がその問いに答える前に、後から追い着いた日野が彼の肩に手を置いた。
「よかったな、坂上。見つかって」
 
(あっ──)
 
 最後のピースがカチリとはまったような感覚。
 
 
 ──振り向いたら殺す。騒いでも殺す。動いても殺す。
 ──お前に拒否権は無い。
 
 
 気付いてしまった。
 
(あれは、この人だ)