斉藤君の殺人クラブ観察日記
#8
斉藤と別れたあと寄り道もせずに帰宅した坂上は、週末だからとどっさり課された宿題や、七不思議の特集記事が評価されて次に任された記事に取り組んでいた。
作業に没頭していると、時間の経過すら意識の外に追い出してしまう。母親の声で我に返った時、窓の外はすっかり暗くなっていた。
「修一?」
「あ、ごめん。何?」
「斉藤君のお母様からお電話よ。斉藤君、まだ帰ってないんですって」
「え?」
母親の仕事の都合で、坂上家の夕食は遅い。支度の途中らしくおたまを持ったままやって来た母と目を合わせ、時計を確認すれば既に20時を回っていた。
電話に出て事情を聞くと、斉藤は一度も家に帰った形跡がなく、遅くなるという連絡さえ無いのだという。
「コンクール用の写真を現像するってはりきってましたから、作業が長引いてるんだとは思いますけど……」
斉藤の母親にはそう言って電話を切ったものの、それにしたって遅すぎるのではないかと不安になった。最終下校時刻はとっくに過ぎているのだ。
「母さん、ちょっと学校まで行って斉藤を探してくるから」
「今から?……気をつけて行ってらっしゃいね」
母に一声掛けて家を出ると、真っ直ぐに学校に向かった。
生徒通用門から入り、もうすぐ取り壊される予定の旧校舎を横目に玄関へと走る。この時間なら既に閉ざされている筈だが、扉は開け放たれていた。
外部から何者かがやってくる気配を感じて、斉藤を逃がさぬよう玄関で見張っていた日野は注意を背後に向けた。一年の下駄箱の方から、微かに荒い息遣いが聞こえる。
(誰だ、こんな時間に)
いつでも鞘から抜けるように握っていた日本刀をひとまず壁に立て掛け、気配の正体を確かめようとそちらに向かった。
「……坂上?」
「あ、日野先輩!今まで残ってたんですか?」
「あ、ああ。記事の整理をしていたんだ。お前は?」
「僕は斉藤……友達がまだ家に帰ってないって連絡を受けたので、探しに来たんです」
「そうか。心当たりがあるのか?一緒に探してやるよ」
「いいんですか?」
「もちろん。大事な後輩が困ってるときに一肌脱ぐのも先輩のつとめだからな」
日野は親切な先輩の仮面をはりつかせながら、内心舌打ちした。坂上がいたのでは、ゲーム続行は不可能だ。斉藤は学校にはいないと諦めさせて帰すこともちらりとは考えたが、坂上は斉藤の無事な姿を見るまでは納得しそうにない。
「ありがとうございます!あの、斉藤は写真部なんですけど、今日はコンクール用の写真を現像するって言ってたんです。だからきっと作業が長引いてるだけで、まだ部室にいると思うんですけど……」
「じゃあ、まず部室に行ってみるか。そこにいないようなら手分けして探そう」
「はい!」
しかし夜中の学校を坂上とふたりきりで並んで歩けるというのは、なかなか役得かもしれない。坂上に歩調を合わせ、他愛ない会話を交わしながら、日野はにやけそうになるのを必死で堪えた。
だが部室に近づくにつれ気分は降下していく。
「その時、斉藤って本当に写真が好きなんだなぁって」
「斉藤のカメラって自前なんですよ!高価らしいんですけど」
「そしたら斉藤、鼻血垂らしちゃって。あの時はびっくりしました」
道すがら、にこにこと可愛いらしい笑顔を見せる後輩の口から語られるのは、斉藤のことばかり。
斉藤への殺意は深まる一方だ。
「それで斉藤、僕を撮りたいって言い出して。恥ずかしかったんですけど、あいつがあんまり熱心だから根負けしちゃったんです。でもやっぱり自分の写った写真がコンクールになんて、照れ臭いですよ」
「へえ。それは是非見たいもんだな。どんなアングルで撮ったんだ?」
興味があるふりをして話を合わせながら、あのフィルムが坂上を被写体にしたものだと知っていたなら、感光などさせずにカメラごと持ち帰ったのにと悔やむ。坂上は日野の言葉をそのままに受け取って微笑んだ。
「色んな角度で撮ったんです。どれを使うのかな……」
そんな顔をさせているのは、斉藤なのか自分なのか。断定できずに、応える笑顔が引きつる。
写真なんか撮らなくとも、お前の表情ならいくらでもこの眼に焼き付ける。記憶に閉じ込めたお前はいつでも鮮やかに再現されて、フィルムのように劣化することもない。
嫉妬でやけつくような胸を押さえ、声にならない愛を囁いてみる。いつかすべての敵を排除したなら、直接伝えようと決めていた。
写真部の部室が見えて来た時、反対側の角から人影が現れた。坂上よりも先にそれを見つけて、日野は瞳を眇める。
本当なら、斉藤が他の六人を倒して逃げ切った時には、彼の前に姿を見せることなく撤収するつもりだった。自分だけは殺人クラブとしての顔を知られずに、何食わぬ顔で日常を送ろうと。
だが、気が変わった。
「綾小路は、また大川から逃げていたのか?」
「ああ……それで帰りそびれた」
「そうか。だがもう大川も今日のところは諦めただろう。……斉藤君も、作業の途中かもしれないが今日はもう帰るんだ」
さりげなさを装って、言外にゲームの中止を告げる。意味をさとって、斉藤はおとなしく頷いた。
「わかりました。……坂上、ちょっと待ってろよ、鞄取ってくるから」
「あ、うん」
一度部室に入ろうとする背中に、変わらぬ殺意を投げつける。
(忘れるなよ。これはただの執行猶予だ)
坂上の隣は、誰にも譲らない。
作品名:斉藤君の殺人クラブ観察日記 作家名:_ 消