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パッカ君がみてる

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朝早くから皆で一斉に山登りだなんて億劫だよ、ボク気が進まないな、と校外学習への参加を渋っていた、彼の『姉』(グラン・スール)であるジーノはほうっと憂鬱のため息をついてはプティ・スールである椿を慌てさせたが、なんと定刻通りに現れて、いつもジーノに「ボクのかわいい猟犬」と呼ばれて愛でられる椿に実際に尻尾が生えていたとしたらそれは激しく振られていただろう、前日まで気が気でなかった椿をやっと安堵させてくれた。なぜなら姉妹(スール)は共に登山することがこの校外学習の鉄則であったからだ。椿はうれしかった。

「よし、ちゃんと来たな」
 引率という任を預かる村越は点呼の前にジーノの姿を見つけて確認した。前日、廊下で下校途中のジーノと顔を合わせた時にサボるなよとそのセーラー襟のついた背中に念を押したのだ。
 フフ、コッシーも来るなら考えてあげてもいいよ?とジーノは肩越しに笑った。スカートの裾から伸びた脚が紺のソックスとの合間で生白く村越の目に映り、少し日焼けさせることも必要だと感じた。
 俺が引率だ。明日はちゃんと来いよ。村越が言うとジーノは立ち止まって村越へと振り返った。何を驚くことがあるのかと村越は面食らったが、ジーノはまたすぐに背を向けて、じゃあねコッシーと手を振った。足取りはいつもながら辺りを払うかのように鷹揚で、それでいて軽やかだった。
 いいことでもあったのか、まあ結構なことだな、と村越は明日のための点呼簿を携えながら体育教官室に戻ったものだ。この校外学習は新米の体育教師である村越にとって初めて現場管理能力と責任を常より問われる大仕事だった。
 なので行事への遅刻と欠席の可能性があるジーノを気にかけずにはいられなかった。  不必要に距離を縮めてくるこの不思議な生徒を扱うのは、己がまだ未熟だからなのだろうか、努めて態度に出さないようにしていたが、手に余ると村越は感じていた。
「コッシー、一緒に昇ろうね」
 ジーノはジップを首まで上げたきっちりしたジャージ姿だったが手ぶらだった。おい、お前の荷物はどうした、と村越が尋ねると、バッキーも一緒だよ、と傍らの後輩へジーノは笑顔を向けた。
「ウッス!村越先生おはようございます!」と、水筒を二つ下げた椿は深々と勢いよくお辞儀して挨拶した。手にはバスケット、背にはリュックを背負っていた。
「おう、おはよう」
 村越は応えて、椿の手からバスケットを離させた。手が触れて椿は赤くなって慌てたが、村越は気に留めず、バスケットをジーノへ突き出した。
「自分で持つように」
「まっ待ってください!王子のじゃなくて俺のですっ…!」
「なら、後輩を助けてやれ。ジーノ、できるな?」
「…君のたっての頼みなら聞いてあげなくもないよ。お昼のお弁当も一緒に食べてくれるならね」
「いや、俺は」
「だってこのバスケットに君の分も用意したんだよ。バッキーは頑張って君の分まで運んでくれようとしたのに、ね?バッキー」
「え?あ、はいっ!」
「ボクの可愛いバッキーのお願いを叶えてあげるために、コッシーもボクの頼みを聞いてくれなくてはならないよ、いいね?」 
 な に か お か し く ね え か ?
 村越の頭の中で点滅したが、なんだか力が失せてどうでも良くなった。椿の必死にこちらを見る目が一生懸命すぎたのもある。
 村越は「ああ、わかったわかった。だからこれはちゃんと自分で持てよ」、とぞんざいにジーノへ返事した。
 ジーノは突き出されたバスケットを両手で受け取ると、村越へと思わせぶりに笑いかけ、澄ました顔で下げ直した。


 頂上を目指して登る間、どんな我儘を言い出すかと、最初から聞く耳も持たないつもりで警戒していたのだが、ジーノは村越の指導の妨げになるような素振りは何一つ見せなかった。
 おとなしいが元気は有り余っている椿の脚が、本人さえ無意識のうちに勢い余って走り出しそうなところを声を掛けて足を止めて他愛のないおしゃべりで気を紛らわせたりと上級生らしい振る舞いだった。ジーノの足取りは急くこともなく鈍くもなく、庭園を散歩するように、傍らの椿へ植物の名を尋ねたり、教えたりしていている。
 
 道の途中、ひらひらと舞う蝶の群れが過ぎり、椿は「わあ」と声を上げた。白い蝶だった。
「見たことない種類です。きれいですね」
「フフ、蝶も散歩をしているのかな、それとも…」
 遅れそうな者がはぐれないようにと最後尾で付き添う村越の元へひらひらとその中の一匹、特に大きな美しい形の翅を持った白い蝶が舞い飛び、その肩にふわりと止まった。
 ジーノは椿へ耳打ちした。
「きっとおいしい蜜があると知っていたんだね、本能だよ」



順調に登山は進み、昼食は山頂でとった。自由時間は45分。それから下山に入ると村越は生徒全員に告げ、解散したそれぞれが問題なく昼食を取っているのを見届けて、さあ自分も食べるかと気を取り直すと、背中に声が掛けられた。
「コッシー」
 ジーノだった。「用意は出来てるよ」
 隣に並ばれて、そっとジーノの手が村越の手に絡んだ。慌てて手を引くように払うと、そんな村越の態度も予想していたのだろう、おかしそうにふふっと笑っただけだった。内心、村越は安堵した。ジーノは村越の前をすっと歩いて、肩越しに振り返って言った。
「でも、来てよ。せっかくボクが誘っているんだから」

 招かれた先では木陰の下にピクニックシートが敷かれ、その上で椿がバスケットやリュックからさまざまなものを取り出して一生懸命に並べているところだった。
「バッキー、コッシーを連れてきたよ」
「あ、はい!ウッス、よろしくお願いします!」
「ああ。悪いな椿。邪魔するぞ」
 顔を真っ赤にしてブンブンと椿は首を横に振った。
 靴を脱いでシートに上がる。三足の靴を並べてジーノはうれしそうに「ようこそ」と村越を招いた。 三人で輪になりように座る。
 ジーノが作ったというフランスパンのサンドイッチがピクニック用の皿に振舞われた。スープのカップもスプーンフォーク、ナイフも揃っている。
「お前…こういう時には弁当箱というものがあってだな…その方が荷物だって少なくて済むだろう」
 半ば村越が呆れた声を出すと、椿が4段重ねの重箱をいそいそと出した。
「俺、たくさん食べるから王子がこれで作ってくれたんです」 
「バッキーもコッシーもたくさん食べるといいよ」
さあ、召し上がれとジーノはスープを二人に振舞った。
 「いただきます」と椿と二人で手を合わせながら、ままごとみたいだな、と村越は内心思いながらも、手の込んだ料理の並ぶさまに文句はない。つけようがない。
 ジーノはバスケットを脇息にして、脚を伸ばして座った。椿は正座。村越は胡坐をかいた。椿が村越の座り方に言葉もなく感銘を受けて、真似しようとしたら、こら、だめだろと村越が言う前に、ジーノの柔らかい叱咤が飛んだ。
「バッキー、君は男の子だけど、ボクの『プティ・スール』にその座り方はさせられないよ」
「は、ハイ!」と慌てて脚を組み直した椿の背筋が伸びる。
「修行のうちだよ。バッキーがんばってね」
 にこやかに笑うジーノへ村越は口を挟んだ。
「こら、ジーノ。後輩の指導は結構だがお前もちゃんと座れ」
作品名:パッカ君がみてる 作家名:bon