年下の男の子
「・・・あ、こっちこっち」
「・・んなにくっつくなよ、大丈夫だから・・・」
これ幸い、と後ろからハレルヤを抱きしめながら歩みを進める。
するとその先には、ずらりと並ぶシューズロッカーの群れが見えた。
「・・・上履き持って帰るの忘れたのか?」
「ははっ、そうじゃないよ・・・」
ニールは笑いながらそう言うと、薄明かりを頼りにシューズロッカーの名札を一つ一つ確認していった。
自分のクラスはこの辺だから、もうちょっと左の方かな・・・、等と独り言を呟きながら。
程なくして目当てのシューズロッカーを見つけたのか、他人のものだというのに何の躊躇もなく扉を開けた。
「あったあった・・・」
嬉しそうなニールの手には、1枚の紙のようなものが、それはそれは大事そうに乗せられた。
身長差もあって中身が見えないハレルヤは、誰のシューズロッカーから取り出したものなのだろうと扉の名札に目をやった、・・・途端に怒鳴り声を上げた。
「ニィールッ!!お前アレルヤのロッカーから何盗みやがっ――」
慌てて手で塞がれて、最後まで言えなかったのが悔しかったのか、塞いだ手にガブリと噛み付いた。
イテテテ・・・、と痛がるニールの隙を突いて、盗み出した代物を横取りしたハレルヤはそれを見た瞬間、血の気が引いた。
顔色がサッと蒼くさめるのが見た目にも分かって、ニールの顔が引きつる。
「・・・・・・誰に怒っていいんか分かんねぇんだけど・・・」
到底12歳とは思えない、人を恐怖に陥れるような声音で語りかけられ、ニールは少し後ずさりながら声をかけた。
「あぁ~・・・、ん~っ・・・、ま、とりあえずココにいる俺から怒ってくれていいぞ?ハレルヤ」
どうせ怒鳴られることからは逃れられないのだ。
ならば早々に終わらせて、怒りに震えているハレルヤの手から大事なものを奪還したい。
ハレルヤは、すぅ~っと深呼吸を一つしてからニールを睨み付けた。
「なんでこんなモンがアレルヤのロッカーに入ってんだよっ!!」
そう言ってニールの眼前に突きつけたものは、幼稚園の学芸会で猫の役を演じたハレルヤの写真だった。
黒い猫耳、手と足には(アレルヤお手製の)肉球のついた手袋と靴下、黒いノースリーブの(勿論アレルヤお手製の)ニット、黒のホットパンツにはすらりと伸びた尻尾も付いている。
歌をうたっているところなのか、大きく開けた口から犬歯が見えて愛らしい。
「か~わいいよなぁ~・・・」
見惚れたニールの口から思わず本音が漏れた。
どうやら弟を溺愛するアレルヤがロッカーに飾っていた写真を、これまた級友の弟を溺愛するニールが虎視眈々と狙っていた、というのが事の発端で。
親の都合で転校してしまう自分に餞別として譲ってほしいと願い出たものの、即答で却下されたのが余程悔しかったのだろう、人目を盗んで勝手に持ち出すくらいなのだから。
「俺、今から守衛さんのとこに行って、ドロボーが出たって通報してやる」
「ちょっ・・・!なんてことするんだよっ!いいじゃねぇーか、写真くらい・・・。ハレルヤは俺のダチだろ?ダチを売るようなチャチな真似しなさんなって!」
「・・・ダチでもなんでもねぇ・・・、こんな変態」
「へっ・・・、変態ってねぇ?・・・お前、こんな可愛い写真、そうそう無いぞ?」
「俺にとっては今世紀最大の汚点だ!」
顔を真っ赤にして怒るハレルヤも大概可愛いと思いながら、ニールはひょいと写真を奪い取るとそこにチュッとキスをした。
「ギャアアアアア――・・・」
中途半端に悲鳴が途切れたのは、今度はハレルヤ本人にニールがキスをしたからだ。
触れるだけの軽いキスでも、ハレルヤを大人しくさせる魔法のような効果がある。
二の句が告げないハレルヤに、にっこり微笑むニールが笑ってコトを丸めようと画策する。
けれども、それはハレルヤの言動で打ち砕かれた。
ふとニールの背後に目を配ったハレルヤが、すぅっと人差し指をそちらに向けて指し示すではないか。
嫌な予感がしたニールが身体を強張らせていると、その予感を的中させる言葉が耳に入った。
「・・・ニールの後ろ、刀持った侍が通ったぜ?」
今度はニールが悲鳴を上げる番だった。
慌てて外へと飛び出す後姿に、ハレルヤは舌を出した。
「こんっくらいの仕返しは構わねぇよなぁ・・・」
脅かしてやろうと適当な事を言っただけなのに、ハレルヤが言えば冗談も冗談には聞こえない。
慌てた拍子に写真を落としていかないかと期待していたのだけれど、それだけは肌身離さずしっかり持って逃げたようだった。