吸血鬼の涙(下)
「リボーンさん!お久しぶりです」
昨日の夕飯は綱吉に褒められ、上機嫌で翌朝いつものように主を学校へと送り出した後買い物に出ようとした隼人は、玄関前に佇む黒いスーツを纏った赤ん坊に気付き慌てて頭を下げた。
リボーンはそんな隼人を一瞥すると上がらせて貰うぞ、と慣れた様子で館へ足を踏み入れる。
買い物は後回しだ。
リボーンは綱吉にとって師と言える存在。その彼をもてなさない訳にはいかない。
隼人は彼にコーヒーを出す為にキッチンへと向かった。
「なんだ、随分ましなもの淹れるようになったんだな」
エスプレッソを口にしてのリボーンの一言に、小さく安心の息を吐く。隼人がこの館で暮らすようになった日に、訪れたリボーンにやはりエスプレッソを出した事があったが。隼人の淹れたそれを彼は一口飲むとまずいと言って残りは全く口にしなかったのだ。
でもそれも当たり前だよな……。
当時の隼人は家事全般全くダメだったし、本人にもその自覚はあった。しかし。その後隼人はかなりの努力をして今はどうにか綱吉にも美味しいといってもらえる料理を作れるようになった。
「ツナの為、か」
リボーンがぼそりと洩らした言葉に、自分の気持ちを見透かされたようで恥ずかしくなり俯く。リボーンの言う通り、隼人の料理や家事の上達は全て綱吉への気持ちからだった。彼の喜ぶ顔が見たい。彼に褒められたい。その気持ちが隼人を動かしたのだ。
「ツナがメイドを追い出した時は物好きなと思ったが。この分なら普通の料理の方も期待出来そうだな。今日は泊まっていくからな」
「は、はい。……あ、あの差し出がましいですがリボーンさんは今日はなぜこちらに?」
「ああ、ツナの試験の正式な日取りをそろそろ決めなきゃなんねーと思ってな」
「!!」
リボーンの言葉を受け、隼人は震える手を握り締めた。
「で、いつにするか決めたのか?」
「ああ。夏休み明けの最初の週の週末に」
「…あいつの誕生日直前、か。」
学校から帰ると、居間のソファにリボーンが座っていて。綱吉は彼を肩に乗せ自室へと向かった。隼人に暫く部屋に近付かないように、と告げて。
リボーンが何の用事で来たのかは昨夜の電話で既に分かっている。だから即返事を返した。
「あいつにはもしかして何にも教えてねーのか」
「獄寺君?試験とかオレが一人だけ向こうに連れて行けるとかってのは知ってるよ」
「……そうじゃねえ。お前分かっててはぐらかしてるだろ」
長い沈黙の後。綱吉がぽつりと零す。
「教えてないよ、何も。ただ純粋にオレを慕ってくれてる、あの子は」
「あいつを連れてくつもりなら、向こうに行く前に教えてやれよ。何にも知らないままなんてあいつも哀れだが、これからのお前の為にもならねえ」
溜息を吐きながらリボーンが呆れを感じさせる声で呟く。綱吉はそれを受けて苦笑した。
「分かってるんだけどね。覚悟もしてるつもりだけど。……本当のことを知ったあの子の反応がまだ怖いみたいだ」
「……そん時に可哀想なのはお前より獄寺だろ」
「うん、それも分かってる……。だからちゃんと言うよ、試験の後に」
「真実を知ったらあいつはお前に着いて行かないかも知れねーぞ」
「その時は一人で向こうに渡るよ。別に必ず誰か連れて行かなきゃいけない訳じゃないないし。……彼以外を連れて行く気もないよ」
「……お前あいつに結構執着してるんだな。こっちでの生活見てる限りそうは思えなかったが」
「当たり前だろ、あの子はオレがずっと求めてた存在、なんだから」
「……自分でそうなるように操作してたんだろ」
リボーンの言葉に綱吉は薄く笑っただけで応えず、その話はそこで終わった。
「日付の事もあるが、ちょっとひとつ気になる事があってそれを知らせに来た」
「向こうで何かあったのか?」
口調を硬質なものに変えたりボーンに、綱吉も少し緊張感を持って向き直る。
「獄寺を囲ってた男達、覚えてるか」
「……ああ」
「こっちに襲撃かけてきた魔物の中に、そいつらの一人が姿を変えて混じってたらしい……んでお前に還された中にそいつの姿は無かった」
「!人間界に潜入したまんまって事?」
「おそらく……。奴は精神体だけになって人間に憑くことが出来るらしいから厄介だ」
「……既に誰かに憑いてる可能性も高いんだ」
「良くわかってんじゃねーか。目的は多分獄寺だろう。お前の近くに居れば大丈夫と思うが、一応注意して見といてやれ」
「分かった。で囲ってた男のどれなんだ?何人か居ただろ」
「ああ」
お前が昔ぶっとばした男だ。
「お話終わったんですか?」
「うん、お腹空いちゃった」
「すぐご用意します」
「……何か獄寺君顔色悪くない?」
リボーンとともに居間に戻ってきた綱吉に、遠慮がちに声を掛ける隼人は何だか青褪めている様に見える。指摘するが彼はなんでも無いと言って食事の準備をする為に綱吉達に背を向けた。
……こんなんじゃだめだろ、オレ。
食器をテーブルに並べながら、隼人は自分の動揺を振り払うべく首を横に振る。
綱吉と離れる時期がすぐ傍に近づいている事を宣言されたも同然で、酷く心がざわめいていた。覚悟していた筈なのに、いざはっきりとその時期を決める為にリボーンが来たと知った時。
心が恐怖に震えた。
後少しだけ、なんだ。オレがあの人と居られるのは。
隼人は一人の男を想い通した母と同じく、綱吉以外の男と繋がるつもりは無い。それは綱吉と離れたら自らはいずれ死ぬしかないという事だ。別に死ぬ事に恐怖は感じない。怖いのは綱吉と離れる時の事。綱吉がこの世界を離れる時、自分は正気で居られるだろうか。温かく送り出さないといけない立場なのに、みっともなく縋ってしまわないだろうか。
そんな情けない姿を最後に見せては駄目だ。
綱吉は基本的に優しい。自分がそんな態度を見せれば彼の心を痛めてしまうかも知れない。望まぬ世界に渡らなければならない彼の負担にはなりたくない。
まだもうちょっとは時間あるんだ。その間にどうにか笑えるようにしてみせる……。
「相変わらず弱ぇーな」
「10代目は普段殆ど酒をお飲みになりませんから…でも多分吸血鬼としての10代目はお強いと思いますよ?」
「当たり前だ、魔界の支配者になる奴が酒になんて飲まれちゃやって行けるか」
リボーンにワインに付き合わされ、テーブルに突っ伏して寝息を立て始めた綱吉を、隼人はフォローする。人間としての綱吉は殆ど下戸に近かった。もっとも吸血鬼としての綱吉はアルコール所か毒薬すら受け付けない体質を持っているのだけれど。
「お前は普通の体でも結構飲めるんだな」
「…アルコールで少しだけ生命維持出来ますから……多分慣らす為でしょうけど母親からサキュバスの本性が開花する前のガキの頃に飲まされてましたし」
「……」
隼人が自らの体質を忌まわしいものと思っている事を知っているリボーンは失敗した、という風に僅かに表情を曇らせたが、隼人は気にしてませんよ、と笑う。
「それに今思えばこの体質があったからこそ、10代目に求められたのかもって。そう考えるとほんの少しだけ、ですけど。前ほど嫌じゃないなって」
昨日の夕飯は綱吉に褒められ、上機嫌で翌朝いつものように主を学校へと送り出した後買い物に出ようとした隼人は、玄関前に佇む黒いスーツを纏った赤ん坊に気付き慌てて頭を下げた。
リボーンはそんな隼人を一瞥すると上がらせて貰うぞ、と慣れた様子で館へ足を踏み入れる。
買い物は後回しだ。
リボーンは綱吉にとって師と言える存在。その彼をもてなさない訳にはいかない。
隼人は彼にコーヒーを出す為にキッチンへと向かった。
「なんだ、随分ましなもの淹れるようになったんだな」
エスプレッソを口にしてのリボーンの一言に、小さく安心の息を吐く。隼人がこの館で暮らすようになった日に、訪れたリボーンにやはりエスプレッソを出した事があったが。隼人の淹れたそれを彼は一口飲むとまずいと言って残りは全く口にしなかったのだ。
でもそれも当たり前だよな……。
当時の隼人は家事全般全くダメだったし、本人にもその自覚はあった。しかし。その後隼人はかなりの努力をして今はどうにか綱吉にも美味しいといってもらえる料理を作れるようになった。
「ツナの為、か」
リボーンがぼそりと洩らした言葉に、自分の気持ちを見透かされたようで恥ずかしくなり俯く。リボーンの言う通り、隼人の料理や家事の上達は全て綱吉への気持ちからだった。彼の喜ぶ顔が見たい。彼に褒められたい。その気持ちが隼人を動かしたのだ。
「ツナがメイドを追い出した時は物好きなと思ったが。この分なら普通の料理の方も期待出来そうだな。今日は泊まっていくからな」
「は、はい。……あ、あの差し出がましいですがリボーンさんは今日はなぜこちらに?」
「ああ、ツナの試験の正式な日取りをそろそろ決めなきゃなんねーと思ってな」
「!!」
リボーンの言葉を受け、隼人は震える手を握り締めた。
「で、いつにするか決めたのか?」
「ああ。夏休み明けの最初の週の週末に」
「…あいつの誕生日直前、か。」
学校から帰ると、居間のソファにリボーンが座っていて。綱吉は彼を肩に乗せ自室へと向かった。隼人に暫く部屋に近付かないように、と告げて。
リボーンが何の用事で来たのかは昨夜の電話で既に分かっている。だから即返事を返した。
「あいつにはもしかして何にも教えてねーのか」
「獄寺君?試験とかオレが一人だけ向こうに連れて行けるとかってのは知ってるよ」
「……そうじゃねえ。お前分かっててはぐらかしてるだろ」
長い沈黙の後。綱吉がぽつりと零す。
「教えてないよ、何も。ただ純粋にオレを慕ってくれてる、あの子は」
「あいつを連れてくつもりなら、向こうに行く前に教えてやれよ。何にも知らないままなんてあいつも哀れだが、これからのお前の為にもならねえ」
溜息を吐きながらリボーンが呆れを感じさせる声で呟く。綱吉はそれを受けて苦笑した。
「分かってるんだけどね。覚悟もしてるつもりだけど。……本当のことを知ったあの子の反応がまだ怖いみたいだ」
「……そん時に可哀想なのはお前より獄寺だろ」
「うん、それも分かってる……。だからちゃんと言うよ、試験の後に」
「真実を知ったらあいつはお前に着いて行かないかも知れねーぞ」
「その時は一人で向こうに渡るよ。別に必ず誰か連れて行かなきゃいけない訳じゃないないし。……彼以外を連れて行く気もないよ」
「……お前あいつに結構執着してるんだな。こっちでの生活見てる限りそうは思えなかったが」
「当たり前だろ、あの子はオレがずっと求めてた存在、なんだから」
「……自分でそうなるように操作してたんだろ」
リボーンの言葉に綱吉は薄く笑っただけで応えず、その話はそこで終わった。
「日付の事もあるが、ちょっとひとつ気になる事があってそれを知らせに来た」
「向こうで何かあったのか?」
口調を硬質なものに変えたりボーンに、綱吉も少し緊張感を持って向き直る。
「獄寺を囲ってた男達、覚えてるか」
「……ああ」
「こっちに襲撃かけてきた魔物の中に、そいつらの一人が姿を変えて混じってたらしい……んでお前に還された中にそいつの姿は無かった」
「!人間界に潜入したまんまって事?」
「おそらく……。奴は精神体だけになって人間に憑くことが出来るらしいから厄介だ」
「……既に誰かに憑いてる可能性も高いんだ」
「良くわかってんじゃねーか。目的は多分獄寺だろう。お前の近くに居れば大丈夫と思うが、一応注意して見といてやれ」
「分かった。で囲ってた男のどれなんだ?何人か居ただろ」
「ああ」
お前が昔ぶっとばした男だ。
「お話終わったんですか?」
「うん、お腹空いちゃった」
「すぐご用意します」
「……何か獄寺君顔色悪くない?」
リボーンとともに居間に戻ってきた綱吉に、遠慮がちに声を掛ける隼人は何だか青褪めている様に見える。指摘するが彼はなんでも無いと言って食事の準備をする為に綱吉達に背を向けた。
……こんなんじゃだめだろ、オレ。
食器をテーブルに並べながら、隼人は自分の動揺を振り払うべく首を横に振る。
綱吉と離れる時期がすぐ傍に近づいている事を宣言されたも同然で、酷く心がざわめいていた。覚悟していた筈なのに、いざはっきりとその時期を決める為にリボーンが来たと知った時。
心が恐怖に震えた。
後少しだけ、なんだ。オレがあの人と居られるのは。
隼人は一人の男を想い通した母と同じく、綱吉以外の男と繋がるつもりは無い。それは綱吉と離れたら自らはいずれ死ぬしかないという事だ。別に死ぬ事に恐怖は感じない。怖いのは綱吉と離れる時の事。綱吉がこの世界を離れる時、自分は正気で居られるだろうか。温かく送り出さないといけない立場なのに、みっともなく縋ってしまわないだろうか。
そんな情けない姿を最後に見せては駄目だ。
綱吉は基本的に優しい。自分がそんな態度を見せれば彼の心を痛めてしまうかも知れない。望まぬ世界に渡らなければならない彼の負担にはなりたくない。
まだもうちょっとは時間あるんだ。その間にどうにか笑えるようにしてみせる……。
「相変わらず弱ぇーな」
「10代目は普段殆ど酒をお飲みになりませんから…でも多分吸血鬼としての10代目はお強いと思いますよ?」
「当たり前だ、魔界の支配者になる奴が酒になんて飲まれちゃやって行けるか」
リボーンにワインに付き合わされ、テーブルに突っ伏して寝息を立て始めた綱吉を、隼人はフォローする。人間としての綱吉は殆ど下戸に近かった。もっとも吸血鬼としての綱吉はアルコール所か毒薬すら受け付けない体質を持っているのだけれど。
「お前は普通の体でも結構飲めるんだな」
「…アルコールで少しだけ生命維持出来ますから……多分慣らす為でしょうけど母親からサキュバスの本性が開花する前のガキの頃に飲まされてましたし」
「……」
隼人が自らの体質を忌まわしいものと思っている事を知っているリボーンは失敗した、という風に僅かに表情を曇らせたが、隼人は気にしてませんよ、と笑う。
「それに今思えばこの体質があったからこそ、10代目に求められたのかもって。そう考えるとほんの少しだけ、ですけど。前ほど嫌じゃないなって」