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吸血鬼の涙(下)

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 忌まわしいと思っていたサキュバスの本性丸出しの体を、綱吉は受け止めてくれて。そのお陰で少しだけ。前より自分の体に対する気持ちが軽くなっていた。

「おめーはツナの事がよっぽど好きなんだな」
「っ」
 リボーンのいきなりの言葉に、隼人は頬を赤くする。自分の気持ちは充分過ぎる程自覚しているが、他人の口から改めて指摘されると恥ずかしさが違う。しかしそんな隼人の動揺を余所に、リボーンは話を続ける。

「おめーに取ってのツナはどんな存在だ?」
 いきなりの質問だったがリボーンの表情は真面目そのもので。
 だったら自分も真剣に答えねば、隼人は少し緊張しながらも口を開き自らの想いを伝えた。

「10代目はオレに生きる世界を与えてくれた人。オレの全て、です」

 隼人の正直な気持ちだ。彼の居ない世界など意味はない。

「ほんとの事知った後も、その気持ちが続いてりゃいーがな」
「え?」
「そのうち分かる。オレから言う訳にはいかないからな」
「??」

 リボーンの態度は内容の追求を許さない。
 隼人はただ首を傾げる事しか出来なかった。




 翌朝。隼人がまだ眠っている早朝に、リボーンは館を出ようとしたが。
「なんだ、起きてたのか」
「うん」
 綱吉の気配に気付き足を止める。
「もう行くんだ?」
「ああ、お前の試験の手配をそろそろ始めなきゃならねーからな。強力な結界を張れる奴やら万が一の時に手助けしてくれる様な人材探しとかねえと」
「…… 試験には実際の魔物達を使うわけじゃないんだろう?それなのに万が一とかあるのか?」
「まあほとんど無いとは思うが、機械の暴走って事も考えられる。人間に被害が及ばないように備えておくに越したことは無いだろ」
「……そうだね」

「なあ、ツナ」
「ん?」
「お前、まだ足りねーまんま、か?」
「……ああ、まだ一度も――出来てないから。きっと足りないまんま、なんだろうね。でも人間としては必要なものなんだろうけど、これから向こうに渡るオレには、足りないままでも良いんじゃないかな」
「……まあ、そうだな」
 綱吉の言葉に同意する内容ながらも、リボーンの表情はどこか納得していないようだった。
 ずっと、生まれた時から。綱吉にはあることが出来なかった。人間なら誰でも出来ること。そしてそれが出来ないという事実が。人間としての綱吉を孤立させていた。今は数人友人がいるようだが、幼い頃はそのせいで京子以外誰も彼に近付かなかった。綱吉にとって京子が特別な存在である理由はそこにある。


 こいつがほんとに欲しいものを手に入れたら。その足りないものも手に入ると思っていたんだが。
 綱吉が欲していた純粋に自分を見て慕ってくれる存在。それが隼人だ。
 だが綱吉はまだ足りないまま、だと言う。

 ああ、でもまだほんとの意味では手に入れたとは言えねえか。……ほんとの意味で手に入れた時に、足りないものが手に入りゃあ良いが。

 魔の世界の支配者には必要ないものだと綱吉は言い切るけれど。彼の両親は人間なのだ。彼らは彼に足りないそれをいつか手に入れる事を望んでいて。リボーンもそれは綱吉に必要なものだと思っている。
 溜息をひとつ零し、リボーンは綱吉に背を向けて歩き出した。









 何だか、時間の流れが早く感じる。そう思うのは自分だけだろうか。それともオレが今までと違う過ごし方をしてるから、か?
 今年の夏休み。綱吉は出掛ける時に常に隼人を伴った。去年までの夏休みは留守番を申し付けられることが多かったのに、と不思議に思いながらも。綱吉と一緒に行動できるのは隼人にとって至上の喜びだった。
 海水浴や山でのキャンプ。綱吉に連れられて、山本や京子達と共に隼人は過ごした。綱吉と暮らす館から、買い物以外で殆ど外に出る事の無かった隼人には、それらはとても新鮮だった。
 しかしその日々ももうすぐ終わりを告げる。そしてその先に待っているのは。

 綱吉の試験、だ。








「内容は理解してると思うが、一応もう一度伝えとく。まず……」
 迎えてしまった試験当日。監督役らしいリボーンが、綱吉に内容を告げる。隼人も同席を許され、一緒に話を聞く事になった。


 試験内容は単純に、遠隔操作で動かされている魔物を模した兵器を探し出し、時間内に全て砕くという単純なもの。ただし範囲は綱吉達が暮らす並盛全体と広い。魔力を使わないと壊れない特殊な兵器を、感知と破壊する時間で、綱吉の力を測る試験。
 綱吉の力を知っているリボーンは茶番だな、と思うが、人間界で暮してきた綱吉はいままで形に残る戦闘をしたことが無く。それが魔の世界の住人達には納得いかないようだ。支配者となるべきものならば圧倒的な力の証拠を見せろ、というのが向こうの世界の住人の言い分。綱吉の力を見せ付ける為だけのテスト、なのだこれは。ぶっちゃけるとテストの結果がどうであれ、綱吉が向こうに渡らなければならないのは決まっている。彼は人間界で生きるには持つ闇が強すぎるのだ。今は誤魔化せているようだが、そのうちその闇を誤魔化せなくなるだろう。試験の結果によって左右されるものがあるとすれば、それは向こうの世界での彼の立場だけ、だ。支配者になるか単なる一住人になるかそれだけの違い。

 本物の魔物ではなく模した兵器を使うのは、実際の魔物では感情のままに動き綱吉の邪魔所か人間に危害を加えるものが出かねないからだ。この前のように。
 試験は並盛全体に結界を張り、その中で行われる。結界を張るのは試験中ほんものの魔物が侵入するのを防ぐ為。
 一通りの説明を終えた後。
 リボーンは綱吉ではなく隼人に向き直り。
「?」
「獄寺、おめえはツナの周囲で唯一魔力が使える奴だ。普通の吸血鬼は使い魔とか数匹飼っとくもんだが、ツナにはお前しかいねえからな。今回はツナを手伝ってやる事が許される。兵器の破壊はツナ一人でやってもらうが、兵器の場所を知らせるのはOKだ」
「!」
 リボーンの言葉に、自分は最後に綱吉の役に立てるのだ、と隼人は胸を熱くした。




 魔の世界の生き物は夜に活動するもの。人間として暮している綱吉は普段夜睡眠を取っているが。本来魔力は夜の方が高い。それを考慮して試験も夜中から明朝にかけて行われる。今は夕方。
 食事を終え、綱吉は入浴をしている。リボーンはソファで愛用の銃の手入れをしていて。隼人は食器を片付けながら、これからの事に想いを馳せていた。
 もうすぐそばに別れが近付いている。でも今は。

 それすらも忘れてお役に立つ事だけを考えよう……。
 



「そろそろ頃会いか……」
 リボーンの声を合図に、綱吉の周囲を取り巻く空気が変わる。優しい雰囲気から、支配する貫禄を持つ者へと。人間としての彼から、吸血鬼としての彼に変わっていく。黒を貴重とした服と、同じく漆黒の長いマントを纏った姿に。

 綱吉の変化が終わる頃、隼人はハッとして自身も本来の姿へ変えた。人間の姿の隼人では使える魔力は極僅か。好きではないサキュバスとしての自分だが、綱吉の力となる為には必要だ。
 黒い異形の羽が腰の辺りから姿を現す。変化を終えて小さく息を吐いていると。
「隼人」
作品名:吸血鬼の涙(下) 作家名:HAYAO